「でも……。お母さん、私をここに置いてくれるやろか。先生、私の話したん」
「まあ、それはあとでや。とにかく、中に入ろ」
うん……。中に入ると、もう営業は終わったようでテーブルの上に椅子が逆さになって置かれている。先生のお母さんらしき人が私の横を擦り抜けて、暖簾を店の中に取り入れた。
「お母ちゃん。夕べ言うてた神崎さんや。今日から、ここに住まわせたってな」
お母ちゃん――。引きそうになったけど、腰を屈めて頭を下げた。
「神崎朱里です。お世話になります」
「お世話にってな、誰もええとは言うてへんで」
先生のお母さんは、体型が先生とよく似ていて華奢で小柄だ。それでいて、けっこう貫禄がある。殆ど化粧っ気のない顔に気の強さが見えて、真正面から向き合えなかった。
「お母ちゃんはここで、一膳飯屋、たって知らんやろうけど、昼と夜に家庭料理を出してるんや」
店は十五、六人も入ればいっぱいになりそうな広さだが、壁に貼られた品数の多さに目を見張った。
「神崎さんに店の手伝いさしたってな。パートが辞めてしもて、お母ちゃん一人で大変やて言うてたやろ」
「それとこれとは、話が違う。そんなずぶの素人を使うくらいやったら、一人でやってる方がよっぽどマシや」
一旦は上げた頭を、また下げた。
「まあ、話は明日に聞くとして、もう寝るで。朝早うから、買い出しに行かなあかんよって。あんた、荷物はそれだけなんか。パジャマは持ってるんか」
「いいえ……。すみません」
「別に謝ることやないけど。そのままでは寝られへんやろ」
先生のお母さんは私を上から下まで見ると、あきれ顔で溜息を付きながら店の奥に入って行き、パジャマを持ってきた。
「洗濯物は、洗濯機に入れといたらええ」
ほら。私に着替えを手渡すと、おやすみ、と言って奥に消えてしまった。