2 徐々に回復し始めた沖縄 高校生になってからの日々それなりの受験勉強をするいとまもない中、いよいよ高校受験が近づいてきました。家から四キロメートルほどの距離にあった県立糸満高校は、近隣離島からの受験生もあり、加えて南部一帯中学六校からの応募者で、かなり厳しい状況が予測されましたが、運よく合格することができました。授業は中学同様の茅葺き校舎で、一部が軍払下げの蒲かま鉾ぼこ型のコンセント造りのため…
[連載]ひたすら病める人びとのために(下)
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エッセイ『ひたすら病める人びとのために(下)』【最終回】
港の突端まで走って着いてくる母の姿
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エッセイ『ひたすら病める人びとのために(下)』【第14回】
初めて観るカラーの画面にくぎづけになり感嘆
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エッセイ『ひたすら病める人びとのために(下)』【第13回】
台風に備えて強固なトタン屋根の家を造ろう
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エッセイ『ひたすら病める人びとのために(下)』【第12回】
ドラム缶風呂も今では懐かしい思い出の一つ
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エッセイ『ひたすら病める人びとのために(下)』【第11回】
陽に焼けて、すっかり頭髪が白くなった祖母の姿
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エッセイ『ひたすら病める人びとのために(下)』【第10回】
戦争の傷跡の深さを子供ながらにひしひしと
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エッセイ『ひたすら病める人びとのために(下)』【第9回】
ひどく聞き取りにくいラジオ放送
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エッセイ『ひたすら病める人びとのために(下)』【第8回】
玄関先に立っている姿にびっくり仰天
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エッセイ『ひたすら病める人びとのために(下)』【第7回】
畑の砂糖キビの穂が美しく波打つ晩秋
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エッセイ『ひたすら病める人びとのために(下)』【第6回】
三人とも大きな病気やトラブルもなく育ってくれました。
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エッセイ『ひたすら病める人びとのために(下)』【第5回】
親元にて育てるのはどうしても甘やかしてしまう
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エッセイ『ひたすら病める人びとのために(下)』【第4回】
検査の結果 “脳内出血” と診断されました。
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エッセイ『ひたすら病める人びとのために(下)』【第3回】
札付きのヤンチャ坊主
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エッセイ『ひたすら病める人びとのために(下)』【第2回】
孟宗竹(もうそうちく)の先をしっかり見てごらん
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エッセイ『ひたすら病める人びとのために(下)』【新連載】
我が家系は先祖から女系家族