葛城を出し抜く意図など全くなかったが、来栖のほうも結婚に至る前の真理と二人きりでつき合った時期があった。葛城と真理の結婚に至る関係など全く知らないまま、たまたまの成り行きで真理とハイキングや映画鑑賞など普通のデートを重ねた。三人共によく参加していた音楽サロンの例会に葛城が来ないことが何回か続き、散会後に真理と二人きりになったのが発端だった。
葛城が音楽サロンから足が遠のいた理由としては、仕事が忙しくなり過ぎたのではと勝手に推量していた。部署が違うのではっきりとは断言できないが、葛城が中間管理職として仕事に追われているような姿を役所の中で何回か見かけていた。来栖もその当時同じ区役所に勤めており、実際に葛城は同年齢の同輩より一足早く課長代理となり、本当に多忙そうだった。
担当課も異なる上に、来栖が役所で補助要員としての働きしかしなくなってからは、二人が職場で接することがほとんどなかった。まれに共同のプロジェクトに加わって仕事をする場合も含め、挨拶と仕事の打ち合わせをするだけで、どちらかというとむしろ疎遠な関係になっていた。
葛城と真理の結婚までのいきさつを知ってしまった今となっては初めてわかるが、その当時の葛城は音楽サロンの例会への出席などは関心の埒外で、暇があると一心不乱に真理の肖像を描いていたのだ。それ以前に、真理を描きたいとは来栖自身、直接葛城から何回も聞かされていた。
サロンの例会からの帰途、二人きりでの出会いということもあって、真理と来栖はぎこちない会話しかできなかった。葛城だけでなく両人共に例会に顔を出すことが少なくなっていた頃で、この日はそれぞれに思い立ってやって来たところ、再会できたということになる。
久方ぶりということもあって、駅頭でも簡単な別れの挨拶以外には会話も弾まず、別れ際に来栖は「じゃあ、お互いに少し距離を置いたつき合いをそのうち始めてみましょうか」と、その場の雰囲気で冗談とも本気ともつかない誘いの言葉を真理に投げかけていた。その日の再会はこれで終わったのだが、その二日後には普段から優柔不断の来栖が珍しくもメールで真理を週末のデートに誘っていた。