「どうしたんですか。今日は何だかノリが悪いですよ」
「ジョーさんが金原さんについて色々言うから、何か頭から離れないんですよねぇ」
「じゃ、もう一軒、今度はパーっといきましょう」
丈はそう言って三軒目の『ノアズアーク』に入っていった。店に入ると丈は入口付近の一段高いテーブル席に座っている人に挨拶をした。口の回りに濃いヒゲを蓄えメガネをかけたガタイのよい紳士然とした人で、バロンタガログを着ているが日本人のようだった。二人はカウンター席の中央に陣取りビールを注文した後、丈が口を開いた。
「あのヒゲにメガネの人知ってる」
「いいえ、誰ですか」
「西山神父です。誰が付けたか、〈夜の神父さん〉とも呼ばれています」
「あっ、聞いたことあります。あの人がそうなんですか。有名な人ですよね。日本人男性とフィリピン人女性の結婚式を執り行って儲けているって話も聞きましたけど」
「あの人のことを色々言う人は多いけど、フィリピンの落ちこぼれ日本人の相談役みたいな人なんですよ。地獄のどん底であえぐ日本人を何人も無償で助けたって話も聞くし、あの人に感謝している人は本当に多いと思いますよ」
丈はウワサの多い西山神父を弁護するように言ったが、実際この神父さんは日本人社会では色々な言われ方をしているようだ。
「でも、神聖な神父さんがこんな風俗店でお酒なんか飲んでいてもいいんですか」
「連れの人の相談に乗っているんじゃないですか。本人もお酒大好きらしいし、酒が入ると人間本音が出るって言うし」
「色んな人がいるんですね。地獄に仏ならぬ神父様ですか」
「今日はどの子にしようかな」
と丈は独り言を言いつつ、踊っている子を選んでいた。しかし、この日の正嗣は最後まで金原の影が頭から離れず気分は沈んでいた。