• マルコス王朝

平瀬は平然と話を続ける。

「昨日もね、主治医のクリニックへ尿道の掃除をしに行ったんだけど、それが痛いの何のって、もう地獄の苦しみ」

「どうやって掃除するんですか」

「尿道ってね、ライフルの銃身みたいに螺旋(らせん)状になっていましてね、その溝の中に菌が潜んでいるんですよ。脱脂綿を針金で突っ込んで、奥までぐるぐる回しながら拭き取るんですけどね、麻酔かけられないからこれが我慢の域を超えるほどすごく痛いんだ」

「ひぇー」と、正嗣は話を聞きながらその痛みを想像し身震いした。

「尿道の掃除をすると、しばらく膿も治まるんですけどね」

「何とか治せないんですか」

「抗生物質耐性菌に効く薬が早くできて欲しいんですけどね。僕もいい加減この病気との付き合いを止めにしたいんですよ。晝間さん、もし病気になったら、いいクリニック紹介しますよ」

「痛いのは嫌ですから、病気にはならないよう注意します」

「金と病気は天下の回り物って言うから、分からないですよ」

もう淋病の話はいい。正嗣は話題を変えようとした。

「夏休みに入ったんで、ツアーは多くないですか」

「暇ですね。フィリピンが初めてという田舎の団体さんが一番お金落としてくれるんですけどね。今はバリクバヤンの個人客ばっかりで、全然儲からないですね」

バリクバヤンとは海外で長期間暮らし一時帰国するフィリピン人のことを指す言葉だが、フィリピンにはまり何度も遊びにやって来る外国人リピーターのことも旅行業界の人はこう呼んでいるらしい。これは最近丈に教わったのだが。

「バリクバヤンは安いパッケージツアーで来て、現地で観光をキャンセルしてしまう。だから、買い物にも案内できないし、ナイトツアーもオプショナルツアーも売れないから、こういうお客さんは大赤字なのよ」

「大変なんですね」

「この前の工場視察ツアーに添乗した鴨下さんから聞いたんですけど、小山内さんの会社、タイのバンコク近郊に工場造るらしいですよ」

「フィリピンじゃないんですか。小山内さんの事件に関係あるんですか」