三の巻 龍神伝説の始まり

地獄の番人の口という大地の穴に身を投じた幸姫は、ふと眼を覚ました。

「えっ? わたくしは死んだのでは……」

幸姫は顔や腕を摩ってみるが、何処にも怪我をしている処が見当たらず、そっと上を見上げた。

「この切り立ったあの高い所からわたくしは身を投じましたのに……」

ふと、後ろを振り返ると、そこには紫色の龍の姿があった。

「龍神様がわたくしを助けて下さったのですか?」

淡い紫色の龍は幸姫に言いました。

「余は神ではない。天に仕える十二支の眷属。龍族で、龍族界を治める龍王が三男、()(りゅう)である。我は天の命で地上界の、森を守る龍だ。そなたの屍はあそこにある」

 
 
 

幸姫は恐る恐る紫龍が首を振った先を見た。そこには全身、血まみれで息絶えている自分の姿があった。

「この場所は余が唯一、休息を取る所。そなたがここに身を投じた理由が知りたい。その為にしばし、そなたの魂を留めておるのだ」

幸姫は震えながら身を投げた理由を紫龍に話した。

「龍神様。阿修の者達に父上や羅技兄上、里の武人達が殺されてしまいます。どうかお助け下さいませ」

紫龍は再度龍神と言われ、顔を顰めた。

「余は神ではないと言ったであろう。天上界に住む我等は地上界に係わる事は出来ぬ。天が定められた理である。ましてや人間同士の繰り返し行う悍ましき戦いには係わりたくもない。龍神(たつ)(もり)の里には余の父上。龍王が穏やかで豊かに暮らせる様にと天に願い出て守り鏡を与えたと聞いておるが……」

紫龍はうなだれて涙を流す幸姫を見ているうちに、不思議と可哀相に感じた。

「そなたは舞が大好きだと言っていたな。余に見せてはくれぬか?」

紫龍は身体の中から小さな珠を出すと幸姫に渡した。

「まあ!」

珠は虹色に美しく輝いていた。幸姫はその珠をそっと左手に掲げ持つと、静かに舞い始めた。

「ほう! とても素晴らしい! 天上界でもそなたの様に美しく舞を舞える女神様や天女は居ない」

「まあ? そんなに褒めて頂くとは嬉しゅうございます。私は思う侭、舞っただけのつたないもので御座います」

紫龍は幸姫に龍族の着物を纏わせた。

「これは……綺麗な衣ですね! 肌さわりもとても柔らかくて」