Ⅰ
ここまで読み進めてきたところで、来栖はやっと百合の家族に呼び出された理由を理解しはじめた。
ところがそれと同時に何とも言えない不愉快な気持ちが湧いてくるのも事実だった。
おまけにはるか昔に忘れてしまっていたと思えることが断片的にどっと蘇ってくる。
心穏やかとはいえないまでも、何とか両手で『手記』を折りたたみ、前に置かれたテーブルの端のほうにそっと『手記』を載せた。彼の心中には百合が残したものを『遺書』めいたものとしては受けつけない頑なさがあるようだ。
それで百合の母親と兄の守が『遺書』と呼びならわしているものを勝手に『手記』と置き換えていた。本当のところは『手記』でも不満だったが、より適した呼称が浮かばなかった。
『メモ』や『雑記』のような名称も思いついたのだが、これではあまりに軽すぎると判断したところをみると、来栖も故人となった書き手に少しなりと敬意は払わねばならないと配慮した結果ということだろう。
彼としては、請われるままに百合さんの書かれたものを読ませてもらって、一応責任を果たしたのでお返ししますという意思表示のつもりだった。このふるまいを目で追った後、母親は『遺書』には娘の愛着の念がはっきりと書かれているでしょうと、彼に詰め寄らんばかりに迫る勢いだ。
「さあ、先を読んで御覧なさい」、というような無言の圧力を彼は感じ取った。
二宮家に呼ばれ、請われるままに百合が書いたという『手記』をここまでは何とか読み通した。
しかしすぐさま続きを読み続けるという気持ちには到底なれない。そこで非礼の行いかとも思ったが、百合が書いたというそのノートをもう一度手に取り、続きを読み始めることもしないまま全体の量を確かめようとした。
先のほうまでページをめくって百合が書き終えた箇所を探り当て、これまでのところ半分弱ほどしか読了していないと目分量で推し量った。残りおよそ半分強の量に内心辟易し、「百合さんの書かれた『手記』の後半も相当多いようですので、時間と気持ちの上で充分に余裕ができましたら自宅でじっくり読ませてもらいます」と言いながら『手記』を再度テーブルに戻してしまった。