第1章 邂逅、夕闇のなかの出会い
風二は同じ病院に勤める看護師の村井明美(むらいあけみ)と交際していた。その日は仕事終わりに食事に行こうとの約束だったのだが、風二の方が退勤時間が少し遅かったので、駅前での待ち合わせにしていた。
明美は風二より5歳年下で、明るく無邪気な性格だ。専門学校を卒業してすぐに働き始めたため、ちょうど風二から5年ほど遅れて病院にやってきたことになる。
ふたりは部署こそ違ったものの、なぜか偶然顔を合わせる機会が多く親しくなったのだった。風二は人当たりはいいが比較的物静かなタイプで、一緒にいると明美があれこれとしゃべり、その話を聞いているという状況になることが多い。
その日もいつものように、風二は明美が話す職場での愚痴や友だち、家族の話、今度のデートではどこにいってみたいなどというたわいない話題に付き合い、ときに相づちを打ちつつ予約していた店へと向かった。
明美は普段から仕事のことを風二に相談したり、院内のうわさ話をすることが多かった。職場の看護師間の人間関係だったり、特定の患者さんに対する不満や文句といったものが中心だ。
店に入って食事をつまみ酒も進む。その間も途切れなく明美の話は続いた。もちろん楽しい話もあったのだが、少しずつ酔ってきたこともあってか愚痴も多く、聞きながら風二はわずかにうんざりとしてきた。
アルコールも回ってきてややボンヤリとしてきた彼の頭は、知らず知らずのうちにその場の話題から離れ、先ほど会った新理事長や病院のことへと巡っていた。
「じつは、ここに来る前、病院の門のところで新しい理事長たちを見かけたんだ」
明美の話が落ち着いたタイミングで、風二は何気なく先ほど目にした様子を彼女に切り出した。特別、聞いてもらいたいことがあったわけではない。
ただなんとなく、頭から離れなかったのだ。「正直いって、もう長いことうちの病院の状況はよくない……もちろん潰れるような話じゃないけどね。
でもこの6年くらいかな、前はよかったのにと思いながら働いている気がするんだ」そんな風に話し出した彼は、そのまま自分が思う現在の病院の状態について語り、明美に職場というより病院そのものをどう思うかを尋ねた。
彼女が勤め始めたのは平成19(2007)年。まだ、病院創始者だった大谷先生が名実ともにトップに立ち、病院の顔であった当時のことだ。
明美は病棟勤務で経営や経理に関わっているわけではないから、風二ほどの認識を持っているはずもないだろうが、これまでの8年間に病院がどう変わったかなどについては彼女なりに感じているはずだ。