ある日のお寺の帰り、通ってきている子供の大将的な存在であった、我が明智家よりよほど大きく勢力がある家の息子、確か田島真之介、他10人ぐらいから、「戦(いくさ)ごっこをしようぜ」と誘われました。

別段そのようなことはしたくなかったのですが、友達が欲しかったので、「うん」と言って、喜んで仲間に入れてもらい、半々に分かれ戦ごっこをしていました。最初の内は、皆と一緒にいることが楽しかったです。しかし、私は、足が遅くすぐ転ぶので、「彦がいると負けるから、一緒の組はいやだよ。彦だけを敵にしようぜ」

私は、仲間はずれにされるのがいやだったので、「いいよ。一人だけの敵になるよ」

それからは、皆から一人追いかけられ、逃げ回ることになりました。

一人だけの敵になった時は、怖くて、ただただどのように逃げるか、どこに隠れたらよいかを考え続けました。しかし、皆が怖く行動に移せませんでした。皆が来ると体が硬直して動けなくなってしまいます。その内、次第にエスカレートし、いつも最後には倒され、踏みつけられ、馬乗りにされ、時にはふんどしを取られ、池に投げ入れられることさえありました。

「やめてくれよ!」と大声で泣き叫んでも、誰もやめてくれません。しかも、側にいる坊主は、笑って見ているだけでした。武士の子なので親にも相談できませんでした。皆もその内飽きるだろうと思い、ひたすら耐え続ける地獄の日々でした。毎日、憂鬱でした。しかし、お寺に通うのはやめませんでした。

ある日、私自身逃げ回るのが疲れ切ったある日、あとさきを考えず、私はとんでもない行動に出てしまいました。そう、あの日は生暖かく、生臭いにおいが漂っていました。いつものように戦ごっこを始めた時です。私の周りの音が消え、薄紫色の霧がかかり周囲の色がなくなりました。私は、近くにあった木の棒を拾い、田島真之介を目掛けて走って行き、頭に木の棒を、「エイ!」と振り下ろしました。

真之介は、頭は避けましたが、耳と肩に当たり、耳からは少し血を流していました。真之介は、「痛い!」と言いながら、ヘラヘラと笑っていました。私は、心臓が急にドキドキしだし、周りの音と色は、元通りになりました。しかし、なぜか申し訳ない気持ちになり、その場から逃げました。誰も追いかけてきませんでした。周りが予想もしなかったことをすると、勝てることを学びました。