夏祭り

そんな風に感じ始めた頃だった。

「美紀ちゃん、幹也が転校していって清々したでしょ。それとも寂しい?」

学校からの帰り道一緒に帰った美智子から突然そんなことを訊かれた。

「どうしてそんなこと訊くの?」

「ただ、何となく。美紀ちゃんち、幹也のとこといろいろあったけど、この前の花火、幹也と一緒に見たし。美紀ちゃん、どっちかなと思って」

「私、なんとも思ってないわよ」

清々などしていない、切ないよと思いながら美紀は美智子の問いにそう答えた。

学校から帰ると美紀はランドセルを家の上がり口に置いて寒い潮風が吹く誰もいない浜辺に出掛け、夏祭りの夜に幹也と並んで座った場所に立ってみた。ここで浴衣を褒めたときの幹也の笑顔が蘇った。切なさがさらに増し流れ出る涙で周りがぼやけた。美紀は波打ち際まで走り寄り、身を捩って幹也の名を叫んだ。美紀が小学四年生の十一月下旬のことだった。

浜辺の花火はフィナーレが近づき、スターマインが打ち上げられているのか大きな音と共に漁火の窓ガラスをドーンドーンと振動させた。やがて一際大きな音のあと花火の音はしなくなった。

「ママは、その子が好きだったの?」

話し終えた美紀に奈美が訊いた。

「わからない。単に同情しただけだったかも。でも好きだったのかもしれない」

そう言った美紀は遠い昔の少女に戻ったような甘酸っぱい思いが胸に広がるのを感じた。

「素敵な思い出ですね」

「どうだか。人間は勝手なもので、自分に都合の悪いようなことは綺麗に捨て去って、都合のよいところだけを残した思い出を作りたがるって言うからね。幹也君との思い出もそんなもんかもしれない」

美紀ははにかむように言った。

店の外をゾロゾロと花火客の歩く音が聞こえた。奈美は残りの温くなったコーヒーをぐっと飲み干すとカウンターの内側に素早く移動した。同時に四組ほどの客たちが雪崩れ込んで来て店は客で一杯になった。

「いらっしゃい!」

美紀の元気な声が漁火の中に響いた。美紀は、奈美と二人であたふたと棚からキープのボトルを取り出し、突き出しやアイスペールを準備して客たちの前に置いた。さらに、カラオケのリモコンとマイク二本を客席に置いてカウンターに戻ると、漁師をしている同級生だった浜口保が声を掛けてきた。

「美紀ちゃんに話していいのかな、幹也って覚えている? ほれ、小学校四年まで一緒だった濱田幹也。大阪に転校していった奴さ。さっき、浜辺でチラッと見掛けたんだ。ここの沙耶ちゃんと何か話をしていたみたいだったよ」