夏祭り
ワインは商工会の助力もありボツボツと旅館、ホテルからも引き合いが来た。商売は順調に滑り出したかに見えた。しかし、予期せぬことが起った。貯蓄蔵を建ててまもなく鵜方に全国規模で展開する酒販売のチューン店が進出して来たのだ。そのため、近郷の旅館、ホテルはワインだけでなく日本酒、ビールも皆そこへ仕入れを切り替えた。
チェーン店は大規模一括仕入れにより値段が安く、とても地元の酒店が太刀打ちできるものではなかった。伊藤酒店はワインだけでなく売れ筋の日本酒やビールの販売も落ち込み、大きな借金だけが残る結果となった。女将の良子は収入減と借金返済のダブルパンチでうちは火の車だと嘆いた。元はと言えば亭主の立てた計画の甘さが行き詰った原因だったが、それを煽った商工会に恨みの矛先が向いた。
良子は何度も訪ねて来た経営指導員の名を挙げて毒づいたあと、悔しさと自分の身の情けなさからか盛んに流れる涙をハンカチで拭った。余裕があるかのようにすんなり出した三万円も本当は借金の支払いや生活費に回る貴重なお金だったのだろう。
支払う義務の無い寄付なのだから断ればいいのに女二人の前では余裕のあるところを見せたかったのだろうか。
女とはこんな風に後先も考えず見栄を張らなければ心のバランスが保てない生き物なのか。自らも女の身でありながら美紀は良子に女の業のようなものを感じて切なかった。同席していた奈美は、二時間あまりの良子の話に相槌を打ちながらじっと耳を傾けていた。良子は途中から絶妙のタイミングで相槌を打つ奈美の方に顔を向けて話すようになった。