「実は、今年の八月末に花帆と自由が丘で久しぶりにお茶した時、大学の美術のサークルで一緒だった結衣ちゃんも誘ってこの次会いましょうということになったの、貴女お子さん一人でしょう、もし土曜日だったら出られる?」
「休みの日は、大体主人が家にいるから前もって伝えておけば大丈夫」
「そう、良かった。私はまだ独り身だから身軽よ、そしたら花帆の希望は来週土曜日なら時間は二人に任せると言っていたから、午後の一時はどう?」
「私は、青葉台から近いのでお昼を軽く済ませてから行く」
「それでは、自由が丘駅正面口改札一時ね、楽しみにしているわ」
美代子は受話器を置いてから、しばらく結衣の面影を思い浮かべながらあれこれと彼女の周辺について想像していた。これまで彼女が結婚して以来、過去に国立新美術館に絵画展を鑑賞しに行ったことがあるが、もう三年はご無沙汰している。でもお互い携帯のメッセージアプリで近況はやり取りしているから大体のことは分かっているつもりだ。
結衣ちゃんは大学の時からの友人であるけど、すぐに打ち解けたので花帆みたいに中等部、高等部から一緒だった親友ともすぐ昔からの友人のように心の内面まで入っていくこともあり、すべてを理解しているつもり。でもあとの二人は私の事をどれだけ深く知っているかは確かめたことが無かったので私の独りよがりかもしれない。
この一カ月は景気回復の名の下、仕事量がめっきり増えて家に帰る時間も九時を過ぎることが多かったが昨日、結衣と久しぶりに電話でお話しできたことで今日は、朝から気分がよかった。朝、家を出かける時、母が「美代子、ちょっと」と呼び止めたので、「何?」と返事したところ側まで来て
「今日は英子の誕生日なの、あの子は忘れているかもしれないけど、形だけのささやかなお祝いをしたいから、帰りに自由が丘で美味しいケーキを買ってきてくれない、そして貴女も出来るだけ早く帰ってきて、父さんにも言っておくから」
「張本人の英子は大丈夫なの?」
「最近、帰りが早いみたいだから多分大丈夫よ、後で確認しておくわ。じゃあね、行ってらっしゃい」
美代子は通勤電車の中で、どうして母が、妹の英子の誕生祝いをすると言い出したのか理由が分からなかった。子供の頃は誕生日には必ずお祝いしたが最近は、子供たちも三十歳の大台を超えて、すでに本来の子供とは言えない年齢になっていた。が敢えて母は今日、英子のためにささやかではあるが形だけの祝いをすると言った。
何か裏でもあるのか心当たりを探ってみたが、思い当たる節が無かった。