2020年12月に実施いたしました「つながりコンテスト」の大賞作品が決定いたしました。
短編小説部門、エッセイ部門それぞれの大賞に選ばれた2作品は、幻冬舎から電子書籍化いたします。

【短編小説部門】

オレンジ色のてつおちゃん

山口久美子:著

あらすじ

シングルマザーである母親がスナックを経営していることからいじめを経験した澄子と、おかまとして突き進んできたものの彼女との出会いを機に心の性別に悩む、マリアことてつおちゃん。姉妹のような関係性だった2人がお互いを意識した時、楽しかった日常は一瞬にして崩れてしまう。

恋愛、仕事、性別、社会的立場について常に体当たりで悩み続ける2人が時間をかけながら導き出した結論を追うとともに、常に澄子を支え続けた母の強さと絡み合う人間ドラマを描き出した、疾走感のある1作。

作品講評

2人を主人公として現代に蔓延る社会問題に深く切り込み、本来当たり前であるはずの「人の痛みを分かち合うことの大切さ」と、「一生懸命に生きることの尊さ」をメッセージとして描き切った作品です。少しでも普通から外れた人を排除しようとする人間の側面を映し出す一方で、20年もの時をかけた澄子とてつおの純愛がラストまで糸を引きます。

また、たった1人で澄子を育てあげた母・とみの人間性が鍵となって加速するストーリーは、強いメッセージ性を伴って読者の心へと投げかけられるはずです。人間のもつ良い面と悪い面を良い意味で生々しく描き切ることによって、生きる活力が漲ってくるようなパワフルな作品として完成されています。

「つながり」というテーマは書き手によって様々な捉え方が存在しますが、澄子とてつおを結んだ強い愛情を表現するだけでなく、2人のつながりを支える隠れた存在にもフォーカスしているという点で、本作品に光るものを感じました。

【エッセイ部門】


前のめり主婦の大きなひとり言

~2020年ドタバタ育児自省録~

うまこ:著

あらすじ

2020年、誰もが思った。「こんなはずじゃなかった」と――。新型コロナウイルスの猛威により、二児の母・うまこは夫を一人残し北京から緊急帰国。育児だけでも予想外の展開が当たり前の中、人ひとりの生活さえウイルスに脅かされる先の見えない世の中に。夫や両親、友人や中国ですれ違った人々、コロナ禍で改めて感じたのは、そんな人々との「つながり」であった。

当たり前のようで今まで考えてもみなかった「育児への思い込み」に、自身の育児体験や家庭内環境を客観的に捉えることで鋭く切り込む。世の中の頑張るお母さんへのエールが詰め込まれた珠玉のエッセイ集。

作品講評

新型コロナウイルスは、私たちの生活を一変させ、2020年は我慢の年になったといっても過言ではありません。特に、状況を十分に理解できない子どもたちにとっては「外で遊べない」「友達に会えない」というだけで相当なストレスになっているのではないかと感じます。

しかし、そんな陰鬱とした空気を一蹴してくれるような溌剌とした文章が読者の心を奮い立たせます。「お母さんの上機嫌力」という新しい視点から家庭内のバランスを捉え、withコロナに適応していく。まさに「母は強し」という言葉が似合う、頼もしい子育ての様子が目に浮かぶようでした。

人と会えなくなるということは、単純に人とのつながりが希薄になるということです。しかし、このエッセイでは人と会えなくなったからこそ、人とのつながりをより実感する、という逆説的な考え方が特に印象的でもありました。子育ては決して一人で抱えるものではないと実感できたのも、人とのつながりがあってこそでしょう。

選考するにあたり、様々な「つながり」を読ませていただきましたが、今までのつながりをふまえ、“未来につながる”一作だという著者のメッセージ性がダイレクトに伝わってきたことが大賞への決め手となりました。

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