岬明純は許さない
岬明純は夫・岬良典と警察からの連絡を待っていた。昨夜、三男・サクラが家に戻らなかった。成人した男が仕事の休みの日の夜に帰らないと言って、いちいち騒ぐ親はいないかもしれない。しかし事情が違っていた。サクラは、昨日武蔵山脈虎岳登山に出かけ、戻らなかったのだ。
サクラが登山を始めたのは約三年前だ。シフト制で出勤時間は六交代、夜勤もある仕事で、毎週同じ曜日に予定を入れられない。もともとスポーツ好きだったが、就職してから最初の二年間は、体を動かすことを何もしていなかった。
「連絡来ないね」
明純は壁掛け時計を見上げた。時計は午前十時を過ぎようとしている。今日は朝七時から捜索が始まっているはずだ。昨夜の話では、連絡が入るまで待つように言われたが。
「行ってみるか」
良典が腰を上げたので、明純は今回の捜索を指揮している武蔵警察署に電話を入れた。受け取った担当の石黒は「マスコミ来てますけど、大丈夫ですか」と、迷惑そうに言った。
マスコミ…。電話を切ってから、明純は昨夜からの一連の出来事を反すうし始めた。
昨夜、明純は仕事で遅かった。遅番だったので、家に帰った時には二十時を回っていた。車を駐車場に入れようとして違和感を感じた。息子のサクラの車が無い。
「おとうさん、サクラは?」
良典は何を聞かれているのか、すぐ理解できなかったようだ。
「サクラ! サクラ!」
明純はサクラの車が無い、とわかっていても大声でサクラの名前を呼びながら、家中のドアというドアを開け、二階のサクラの部屋はもちろん、ベランダも開けて叫んだ。