見合いは、組合長のお膳立てにより賢島のホテルの一室で行われた。美紀は当日着る服を和装にしようか洋装にしようかと迷った。

「美紀、見合いのような席では女が洋服だと甘く見られる。着物にしな」

母のそんな一言で美紀は美容院に出掛け髪をアップにして白い羽飾りを頭につけた和装にした。着物は成人式のときに母が誂えてくれた振袖で帯はリボン重ねにして少し胸高に結んだ。智子は飲み屋の女将風情と足元を見られないように婀娜っぽさを抑えた鶯色の鮫小紋の訪問着と黒地に相良刺繍の帯を選んだ。二人は、近鉄タクシーを呼び緊張した面持ちで見合い会場のホテルに出掛けた。

「お連れ様はもうお見えでございます」

ホテルの玄関に横づけしたタクシーから和装の二人が降りると、海老茶色のお仕着せを着た女中が走り寄りそう言って組合長の待つ和室の部屋に案内してくれた。組合長から過分の心づけでも貰っていたのか女中は殊の外丁重で愛想が良かった。

「遅くなりました」

控えの間から美紀が声を掛け、智子と共に部屋に入った。案内した女中は座卓に昆布茶を二つ用意するとすぐに出て行った。

「こらまた、どうや今日は。美紀ちゃん、見違えたで」

美紀の艶やかな振袖姿を一目見るなり驚いたような声を発したのは、普段とは違う光沢のあるグレーのスーツを着た組合長だった。

「こちら、お母さんか?」

組合長はチラリと智子に目を遣り美紀に訊いた。美紀は目顔で頷いた。

「そうか」

そう言って組合長は座っていた座布団を外した。

「お初にお目に掛ります。美紀ちゃんの働く漁協で組合長をしております山本道夫と申します。この息子の父でございます」

そう言って部屋の入口に座ったままの智子に頭を下げた。

「ささ、どうぞこちらへ、ささ」

組合長はそう言うと床の間側に置かれた座布団に二人を誘った。組合長がこの息子と言った男は、仕立ての良さそうな濃紺の生地にストライプの入ったスーツを着て正座をしていた。スーツの下の真っ白なワイシャツには薄い紫のネクタイがキチンと結ばれていた。顔立ちは面長で睫毛は長く目元は涼やかだった。漁師の町の男としては色の白い男で少し細めの体ではあったが背は高そうだった。美紀を見る目は優しく微笑んでいた。

小さな海辺の町で生まれ育ち、スナック「漁火」で働く美紀には小学生の頃の忘れられない思い出があった――。つましくも明るく暮らす人々の交流と人生の葛藤を描いた物語。