乳房の解剖である種の感動が

僕は一つ呼吸すると、再び乳房の脂肪の除去に集中した。その構造、形態は腹部やその他の、俗にいう皮下脂肪の部分と変わり無かった。時々空になった血管がちぎれた。おそらく静脈で、半透明な、朽ちたビニール管のように、もろかった。それも、腹部や臀部と同じだった。

違っていたのは、山盛りになった脂肪組織の中心に、火山のマグマのように乳頭に向かって管が伸びていた事だった。その管を根元の方へたどってゆくと、果たしてテキストどおりに乳腺が円板状に広がっていた。生体ではどうか知らないが、保存されていた遺体では、灰白色をした固めのゴムのような感触だった。ゆるやかな凹凸が有るように思えた。

全体を丁寧に剖出すると、確かに胸に板が張り付いたような状態で、いかにも簡単に剝がれ落ちそうだった。ゴム手袋を通して、恐る恐る触ってみると軽く接着しているが、少し力を入れたら、間もなくぐらぐらしてきた。そしてついに、板状の乳腺はずれ落ちて身体から分離してしまった。裏側をのぞいてみると幾つかの血管やリンパ管の切れた痕跡が有るだけだった。乳腺を失った胸部には胸筋筋膜が寒々と露出している。

僕はある種感動した。他の3人は、ああそうか、という事務的な表情で、僕には彼等の真意はつかめなかった。

そのとき、富田助手が言った。遅れている班は急ぐように。明らかに僕らは遅れていた。実習書にはそれ以上詳しく触れてなかったので、そのまま、次の部位へ移った。本当は、乳腺の内部がどうなっているか、切開でもして確かめたかった。普通、そういう機会はもう二度とないのだから。