二人は、互いのメッセンジャー通信で、しばしば真の姿に還(かえ)るのだった。バーチャルリアリティと言うなかれ。まして、“ウルトラセブンごっこ”とは言ってくれるな。そのやり取りは、傍(はた)から見れば滑稽(こっけい)に過ぎないかもしれないが、二人は真剣そのもの。

私はダンになりきり、さぎりはアンヌになりきる。名作の登場人物を真摯(しんし)に演じることで、二人の熱い思いは、否(いや)が応(おう)でも高まるのだった。

“飛ぶ”とは私が使い始めた造語(ぞうご)である。ウルトラセブンなら移動するのに一々歩いたり電車を使ったりはしないだろう。そこで、セブンやアンヌとなった二人が移動することを意味する言葉だ。

“飛ぶ”と伝えたからといって、鳥のように羽ばたいて飛翔(ひしょう)するわけではなく、飛行機に搭乗(とうじょう)するわけでもない。日常の電車での移動も、二人にとって“飛ぶ”ことにほかならないのだ。

二人にしかわからない幾(いく)つかあるマル秘通信用語のひとつである。

鎌倉市七里ガ浜(しちりがはま)在住のさぎりとの三回目のデートは、銀座で開催されるピアノリサイタルの鑑賞(かんしょう)だった。

若くして世界にその名を轟(とどろ)かせ、日本に逆輸入される形で我が国でもその名を響(ひび)かせようと、満(まん)を持(じ)して開催されるCDデビュー記念コンサート。今まさに旬(しゅん)の実力派ピアニスト矢島愛子の演奏会。

開始時刻は、忘れもしない午後二時〇〇分。繊細(せんさい)にして大胆(だいたん)な表現で聴衆を魅了(みりょう)するその生演奏を、勿論(もちろん)、開始当初から満喫(まんきつ)するつもりだった。

演奏会場は、銀座のヤマハホール。JR新橋駅で下りて五~六分も歩けば十分余裕(よゆう)で間に合う距離。とはいえ、今思えば、それも予定通りに出発し、予定通りに電車を乗り継ついでこその夢物語だったのである。

さぎり…「と、思ったけど、鎌倉じゃなく、藤沢からいく」と、さぎりから更(さら)なるメッセンジャー通信が入る。