【第4回】
泡の音が聞こえる。ローレンはゆっくりと深い海の底へと沈んでいった。
行き着く先が、天国でも地獄でも受け入れよう。目をつむり、そんなことを考えていると、背後から「ひっ」と驚いて引きつった声が聞こえた。
振り向くとそこには、こちらを見て唖然(あぜん)と固まる白いゾウがいた。
「君は誰?」
白いゾウは、おそるおそるローレンに聞いた。
「何故ここにいるの?」
白いゾウは、続けて聞いた。少しの沈黙の後、ローレンは白いゾウに聞き返した。
「ここはどこ?」
「糸の切れた人が、人の世から戻ってくる場所。だけど、君みたいに生きている人間は、ここには来られないはずなんだけど……」
「君はどうしてこの海に?」
「……糸が見えたの。あっ、そういえば、シオンも、体中、波だらけの……あの子も自分の糸を辿ってた」
「ああ、その子、さっき見たよ」
「シオンはどこ?」
「あの子は新しい生を受けて、また人の世に戻っていったよ」
「新しい生……それなら……どうして、私は今も私のままなの?」
「君がどうやってこの海に来たのか知らないけれど、ミッションをクリアした人しか、新しい生を受けることはできないよ」
「ミッションって何? それに私、いいよ、もう戻りたくない。あんな世界……」
「だけど、生きてもない、死んでもないでどうするのさ」
「……それに、ミッションなんて何のことかさっぱり分からない」
「きっとそれを見つけるためにここに来たんだ。よし、見つけよう、ミッション!」
そう張り切る白いゾウは長い鼻でローレンの腕を引っ張った。
「ううん。探さなくていいの……」
ローレンは白いゾウの鼻を振りほどいて重い口をひらいた。
「その、ミッションが何のことかは分からないけど、今までだってずっと精一杯……」
「精一杯?」
「精一杯、“大人たちの願いに応えるいい子”でいた」
ローレンは胸が締め付けられる様子で言葉を絞り出した。
“お利口で賢いあなたが好きよ”
ローレンにとって、その言葉は呪いだった。
子供は大人に見捨てられたら生きていけない。故にローレンは昔から大人の言うことをよく聞き、自分の気持ちよりも大人の気持ちを優先した。次第に、何が本当で嘘なのか分からなくなっていったが、たとえそれが偽りの自分だとしても、愛されるためには仕方なかった。
ローレンにとって“自分”なんてどうでも良かった。
「でも、もう疲れた」
自分を見つめるその視線に、息が詰まる程の期待に、必死に耐えたって、残るのは虚しさだけ。
俯(うつむ)くローレンを、白いゾウはぎゅっと抱きしめた。