第一部
第1章 開始
さあ、やるか。田上が自らを励ますように、元気な声を出した。4人でそれぞれ自分の持ち場を決めて、恐る恐る切開を開始する。命を失っているとはいえ、人体にメスを入れようとしているのだ。喉の奥からじわりと緊張感が込み上げて来た。
まずは体表観察。全員立ち上がり、実習書片手に、頭部へ行ったり腹部へ戻ったり、4人が入り乱れて移動する。
いざ、皮切り。テキストに従うと、首、胸、腹部、上腕の一部から始めるらしい。4人で体表観察して右往左往しているうち、僕はいつの間にか胸部にいたので、上腕から胸部にかけて切開するが、まず上腕の内側から刺入することにした。
切開線を思い浮かべて、ゴム手袋をした左手をそのそばに当てて、人さし指と中指で切開予定線をはさむように置き、Vサインをする具合に切開線に垂直に表皮を引っ張る。
そして、深さ1ミリ前後の割線を、円刃刀で引いてゆく。ほとんど血液は出ない。血管にかかったときだけ、管腔からほんのりとにじみ出てくる。
実習書に曰く、皮膚は表皮と真皮からなり、その直下に黄色い脂肪を含む疎性結合組織として皮下組織が有る。皮剝ぎをする時は通常真皮までを切開し、脂肪層以下は無傷で残すようにする……。
なるほど、上手く真皮だけ切った時は、薄い丈夫な半透明の膜の向こうに黄色い層が見える。それより深いと、膜と共に脂肪層も切り開かれてしまうらしい。
最初、脂肪層は羊羹のように均一な層かと思っていたが、夏ミカンの黄色いつぶつぶをもっと丸くしたような単位の集まった物になっている。