第一部

第1章 開始

予習なんて聞いてないよ、僕は内心で呟いた。それでも休みの間に、さすがに好奇心もあって、ぱらぱら程度にめくっておいて良かった。一応、骨の名前に覚えがあった。高本教授は続けて、付け加えた。

「それから、献体してくださった方への敬意と尊敬を込めて、御遺体と表現する気持も理解できるのですが、普段の学習の場では、学問的に単に遺体と呼びましょう。ほとんどのテキストにもそのように記載されています。特別な場合以外はライへか遺体と言いましょう」

僕の隣には、真面目な高尾が黙って熱心に聞いている。僕は少しからかってみたくなった。おい、お前高本教授と知り合いなんだってな。

高尾は、肝心なところなのに、とでも言いたそうな、迷惑そうな顔をしながら、それでも律儀に、親父が大学の同窓生だったんだよ、と答えた。町の開業医の息子なのだが、やや恥ずかしそうな、遠慮がちな言い方だった。

遺体を挟んだ向こうでは、田上と高久が話しているのが耳に入って来た。先輩から聞いたけど、慣れたらすぐ後でも平気で焼肉が食えるらしいぞ。

しかし、おかげで僕は教授の最初の方の話を聞き逃してしまった。

「……というわけで、乾燥を防ぐため必ず終わりには、布の上から水をかけて帰って下さい。実習室は夜10時までは開いていますから、遅れの出た人は正規の授業時間終了後でもかまいませんから、実習を進めて下さい」