ことがことだけに、してないって言っても多少の緊張はある。
取引が終わった瞬間、気分的にも一段落するものだ。
『ことが、ことだけにね』
ファミリーレストランの駐車場を出た2人は、来るときに安全なことを確認してある首都高速で芝公園出口へ向かった。
今夜の取引相手は、もうすでに影も形も消えていた。
芝公園出口ランプで、首都高を下りた2人の車は新二の部屋の駐車場で止まった。
「じゃあ俺は、六本木へ帰ってフィアットとって戻ってくるから。横浜の分500(グラム)、わけといてね」翔一は、新二に声をかけ、新二の出した『OKサイン』を確認してから、タクシーを止めた。
六本木のお店についたとき、時間は午前3時を15分過ぎていた。
翔一が、DJブースのドアを開けると、
「あれっ、どうしたんですか?」
翔一はもう六本木には居ない。そう思っていた山崎は、少しだけ驚いたように言った。
「いや、今戻ってきたんだよ。これから横浜」と言いながら、受話器を取ってワイズベイサイドクラブをプッシュした。そして、チーフDJのミックを呼び出した。
「はいはーい、ミックです」
「えーっと僕です。持ってきましたよー。どうします?」
年齢は『ミック』のほうが、1こ上。
「あっそう、早いねー、こっちに持ってこられる?」
「持ってけますけど、そっちの集金は終わってるんですか?」
「うん、今持ってるよー」
「じゃあ、僕が今から届けに行きますよ」
「本当? 悪いねー。じゃあ待ってるから気をつけてねー」
今のミックの言葉からは、感謝やねぎらいの気持ちを感じ取ることが出来なかった。
受話器を戻しながら『なんか、納得いかないなぁ』と彼は思っていた。
「じゃあお疲れさん、お先。明日、俺はオフでいいんだよな」と確認してから、フィアットに乗り六本木を出た。
新二の部屋に着くとすでに、浅草から持ち帰ったマリファナは真っ二つにされていた。
「出刃包丁で切ったよ、まさかのこぎりは使えないじゃんか」新二が言った。
2つになったブロックを、1つ量ってみると
「両方とも、500グラム以上あるよ1キロと100グラム近くあるね」電子計量ツールのデジタル表示を見つめながら、新二が言う。
「本当に? これまでの取引じゃぁ少ないことはあったけど絶対に、多いことなんか、なかったよねー」
一般社会で交わされる取引では、決して扱わない品物だけに、品質や量的なものに対するクレームも、感情にまかせて、乱暴に入れるわけにはいかない。
なんと言っても、取引相手は100%が、不良(ヤクザ・暴力団関係者)だから。
「これは多分さぁ、100グラム単位で取引きする場合には密輸された『クサ』を、国内で最初に受け取ったディーラーが、きっちりと測って出すからなんじゃないのかな? だって、これは密輸ものだから、さっき浅草から持ってきたあの状態で、日本に入ってくるんだよ。だからキロで出す場合はさ、測ったりしないでそのまま出すんだよきっと、面ど臭がり屋が多いからね、この業界は」
「そっか、じゃあ途中で誰かの手が入ってないし、ということはこのマリファナを最後に触ったのは、どこかの外国人なわけだね」翔一は、楽しそうに言った。
「そうだねぇ、多分この品物だったらタイ人、かもしれないね」
「なーるほどね」と、翔一は言った。