セットリストNo.1（第一章）

10　Forget Me Nots – Patrice Rushen

このロビーは、ただでさえ充分な華やかさに満ちている。

しかしこの場所には、たった1枚あるだけでこの空間にさらなるトータルバランスを演出し、なお余りある。
彼が、そう感じている絵画が存在している。

香子は、その絵の前に立っていた。
どうやらその絵に、はまっていたらしい。

エレベーターのドアが開いたとき、重そうなモーターが唸るその音に気付き、顔をこっちへ向けているが、彼女はその絵の前を動かない。

翔一は、そこにどんな絵が掛けてあるのか知っている。

そこにある絵は、彼がここへ来るときに時間があれば、必ず。いや、たとえなくてでも、今の彼女のように、あの絵の前に立ってしばらく眺めていく。

あれを観ることも、ここへ来る目的の1つとしている絵。

エレベーターの中で、あんなにストレスを感じていた自分の気持ち。それが、同じ空間内で彼女の姿を確認した今は全然落ち着いてる。

自分の視界の中に、香子がいる。
独りのとき、根拠のない不安を感じていた自分。
そのときに無くて、今あるもの。
香子の姿と、そして彼女の存在を認識している自分の心。

翔一が隣に立つと彼女は、少し横にずれて絵を観るためのポジションを分け合ってくれる。

彼女がする一つひとつのこと。その意味を理解していくとエレベーターの中、独りで不安を感じていたこと。それが、滑稽に思えて恥ずかしさがこみ上げてくる。

香子は、翔一が隣に並んで立つと絵に視線を置いたまま言った。

「この絵自体は、見たことがないんだけどね。この絵と、良く似た画風の画家を私、知ってるはずなんだけど確かめようかなって思ったら、額にネームが隠れてて見えないの。ねぇ、翔ちゃん知ってる？」

「これは、シンディー・ウォーホルだよ。僕はこの画家の作品が、最近では一番、好きなんだ。このマンションには、子供の頃から付き合っている友達が住んでるから、よく来るんだけどいつでも、ここに寄ってから帰ることにしてるんだよ」彼も、絵から視線を外さずに言った。