【前回記事を読む】明け方、夫が便器を抱えて突っ伏していた。両腕はだらりと垂れ、うなだれた背中は動かない──死因は“虚血性心不全”と言われ…

第1章 静謀

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出棺の時刻となり、親族の手で棺(ひつぎ)が霊柩車(れいきゅうしゃ)の後部に運び込まれる。位牌(いはい)を持った恵子が、「本日はお忙しいなか、ありがとうございました……」と決まりきった挨拶を述べる。

かたわらには遺影を抱えた息子と泣きそうな顔の娘が控えていた。

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葬儀の翌日、柊は総務部長・川本からの呼び出しを受け、関東エナジー開発の本社を訪れていた。

本社は羽田空港を望む大田区の湾岸エリアに位置し、10階建てのガラス張りの自社ビルが堂々と構えている。エントランスフロアにはショールームとカフェスペースがあり、最新のスマート電力機器やエネルギーマネジメントシステムに対応した、制御機器が並んでいる。

2階から4階までは物流・営業・カスタマーセンターなどの実働部門、5階は社員食堂とフリーアドレス型の談話エリア、6階と7階は総務・経理・人事といった管理部門、8階は大小の会議室群、そして9階と10階は重厚な役員フロアと、来賓用の専用応接室が設けられている。

創業から60年超。かつては電設資材の専門卸だった同社は、二代目社長・東雲浩太郎(しののめこうたろう)の代で大胆な事業転換に踏み切り、「次世代エネルギーの総合商社」へと進化を遂げた。

再生可能エネルギーへの対応として、電線や照明などの基礎電材に加えて、太陽光パネル、蓄電池、ZEH対応の住宅設備、EV関連機器、さらには脱炭素社会に向けた水素・アンモニア燃料や巨大な洋上風力発電設備にまで事業領域を広げ、複数のプロジェクトへ莫大(ばくだい)な投資を行っている。

年商は1000億円、従業員は全国の営業拠点を含め約1200人。関東一円に90の支店と物流拠点を展開し、一流メーカーと強固な提携関係を築いている。スローガンは「瞬時に対応」「挑戦は無限」「現場に寄り添う」。この言葉どおり、圧倒的な機動力と〝人と人との信頼〟を重視した営業スタイルを武器に、地域の工務店から大手ゼネコン、再エネ開発企業まで幅広い信頼を得てきた。

表向きは、時代の最先端を走る成長企業。

だが、その急成長の裏側で、見えない綻びが静かに広がり始めていた。