フィールド

LGBTQ達を集めた世界最大規模を誇る有名な新宿二丁目のその通りには、独特の匂いがあった。

その匂いは、同じ性的指向を求めやってくる者達から醸し出されるものなのか、初めてこの通りを訪れた者には、不安を殺し、出会いを期待し訪れる店へのドアを開かせるための麝香(じゃこう)となり、ここを住み処としている者には生きている証しと守られているという安堵の匂いとなる。

酒の匂いなのか下水の臭いなのか、そこに様々な形の恋愛模様と人生の憂いと不安と幸せとを綯(な)い交ぜたような匂いの中を、カイは恋人である理恵の忘れ物をイベントスペースまで届けるために、ブランドロゴの入った紙袋を肩に提げながら家からの道をぶらぶらと歩いていた。

カイと理恵の愛の住み処は、築年数は経っていたが大手の建設会社が建設したことと、この二丁目までの近すぎず遠すぎずの距離を気に入り二人で決めた場所だった。

「あら! カイくんじゃないの!」

カイが声のした通りの反対側に目をやると、そこにはオープンカフェ形式のミックスバーから手を振るママの姿があった。ドアにはまだ《CLOSE》のプレートが掛かっていた。

「素通りなんて寂しいわね!」

まだ支度を終えていないのか、短髪につけまつげとピンクのグロスを光らせ太い腕を振りながらカイに何かを期待するような視線を送るママに、カイは微笑んで見せた。

「遊びに来たんじゃないんですよ、りえがイベント用の髪飾りを忘れて、それで、届けに行くだけなんですよ」

「あぁ、今日第四土曜日だものね、理恵ちゃんのとこルージュパーティーね」

ママは開け放たれているドアにもたれながら酒焼けのしゃがれた声でカイの返答に肯いていた。

「えぇ、あとで、ちゃんと整えてから寄りますから」

カイは着ているTシャツの肩のあたりをつまみ揺らしながら悪戯に笑って見せた。

「寄ってちょうだいよ! カイくんがビシッとスーツ着て座ってくれていたら、ビアンの子達、寄ってくるんだから!」

「そんなことないですよ」

カイは少し照れながらママの言葉に答えた。

「でも、ママのとこは女の子より男の子のほうがいいんですよね」

ママは太い指で口元を隠しながら、

「やーねぇ、それはまた別よ、この店は女でもいいのよ、商売よ商売」

カイは自嘲するママにもう一度、手を軽く振るとまたイベントスペースに向かい歩き出した。