「フーム、結構高額だが戻ってはこないだろうな。いずれにせよ、ATMで金をおろすときに周りに気を配らなかったこと、銃を突きつけられているのに抵抗したことはまずかったな」
黒人ポリスはいかにもチーフの方が悪いような言い方をした。
高倉が、あんな言い方はないな、と思っていると、案の定ピートが、
「悪いのはチーフではなくて強盗の方だろう」
とポリスに食ってかかったので、アンドルーがピートを制した。
「おまえらに何も言う資格はないぞ。ファッキンカラード(くそカラード)、ファックユー(くそ野郎)」
黒人ポリスは汚い言葉を吐いてその場を去った。
「やっぱり黒人はカラードをバカにしてますね。それにしても確かに不注意が重なっています。まずATMでお金をおろすとき、門を開けて入るとき、それから銃を向けられたときの三回です。強盗が銃を突きつけるのは脅しじゃありません。抵抗したら発砲しますから絶対に抵抗してはならないのです」
アンドルーがいう警鐘の言葉に、
「そのことを全社員に徹底したい。それから直営販売店や倉庫が武装強盗に襲われてタイヤやホイールを持って行かれたことが過去にあるし、これからもあるかもしれない。そんなときに絶対に抵抗しないように再確認する必要がある。アンドルー、全社員にもう一度行動マニュアルを送って、安全行動を徹底してくれ」
高倉はそう指示し、そして呟いた。
「黒人地位向上を目指して躍起になっているそばから、こういうことをやって、自分たちで自分たちの首を絞めている。貧困ゆえのことだろうが愚かだ」
※本記事は、2020年9月刊行の書籍『アパルトヘイトの残滓』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。
【主な登場人物】
高倉譲二 マキシマ株式会社社長 七洋商事より派遣
アンネマリー 同社社長秘書
アンドルー・レクレア 同社カンパニー・セクレタリーのちに社長室長
ピート・ダン 同社倉庫係のちにケープタウン店長補佐
秋山峰雄 同社社長室長 七洋商事より派遣のちに経理財務ダイレクター
斉藤和夫 同社技術ダイレクター ニホンタイヤより派遣
シェーン・ネッスル 同社周辺国担当マネージャー
ケニー・ブライアント 同社前社長
ロッド・モーロー 同社管理担当取締役
トニー・コッペル 同社経理マネージャー ジンバブエ撤退担当
バート・グッドマン 同社販売担当副社長
ピーター・マステン 同社株主ポート・エリザベス在住
ザリレイ・マゲス 同社新株主代表 マゲス・エンジニアリング社社長
ジャンポール・ゲタン 同社ケープタウン店長
ポロ・マルハン ブラック・グリップ社(BG社)社長
ピーター・コナー ブリット銀行CEO
クバネ氏 ジンバブエ元外交官 現ANCメンバー
佐々木氏 TM銀行駐在員事務所所長
山川取締役 七洋商事東京本店
亀川常務執行役員 七洋商事東京本店
鈴本専務執行役員 七洋商事東京本店
風間部長 七洋商事物資本部
高倉洋子 譲二の妻
【前書き】
本作品内に差別的な発言や表現がありますが、二〇〇〇年代の南アフリカを舞台にした作品のテーマを損なわないようにしたものであり、差別意識を助長させようとするものではありません。