事の起こりは、ひと月前の言語学概論の授業であった。その日は約1か月間に亘った文献調査やグループ討議、発表資料の作成過程を踏まえ、自分達が見出したものを説明する学生プレゼンテーションの最終日に当たっていた。

最終グループの発表において、テーマに関わる文献を探すでもなく、またそれまでの各グループの発表に対する解説を反映させるわけでもなく、ネット上に書かれているものをそのままコピー&ペーストして自身の発表としている有谷に、綾瀬は声を掛けざるを得なかったのである。

他の学生が調べた内容にタダ乗りし、グループに対する評価を労せずに自分も得ようとする有谷の戦略が、透けて見えていたからだった。小・中・高等学校で磨いてきたその戦略の有効性を、有谷は露ほども疑っていないようであった。

「有谷くん、大丈夫? グループの他のメンバーが調べてまとめた内容を、理解できてます?」

「大丈夫です。分かっています」

「シラバス及び授業ガイダンスで説明した通り、グループの発表が終わった後には、個人で発表した内容をレポートにまとめて提出することになっています。本当に大丈夫ですか? 有谷くんの発表内容とグループメンバーの発表内容に、齟齬(そご)や矛盾が生じているの、判っていますか?」

「齟齬っていうのは?」

「齟齬というのは、食い違いがあって整合性が取れていないことです」

「……、綾瀬先生が使う言葉は良く分からないのもありますが、レポート書けますから大丈夫です」

そうか、今どきの学生にとって「齟齬」はすでに古語であり、漢字で書かれれば、難読語になっているのだろう。

「了解です、判りました。他のみなさんも、耳で聞くのではなく、こころで良く聴いてくださいね。大丈夫でしょうか? 各グループ発表の中で明らかにできたこと、不十分だったので深掘りをしなければならないこと、それぞれこちらで解説してきました。各自の発表ノートに書き込んでいる解説を、再度十分読み直し、消化して、個人レポートの作成に掛かってください」

 

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