「漫才で日本語を覚える」。外国人がよく間違える日本語をボケに活用し、ツッコミで解説する。――この画期的な教育法を開発したのだ。

四歳で味わった「間違いを恐れる」教育への反発が、「間違いを笑いに変える」学習方法を生み出したのだ。

現在、各地の学校や日本語教育機関で採用され、「漫才で覚える SDGs」など社会問題を笑いで伝える活動も展開している。福祉施設での定期公演では、利用者の方々が「また来てね」と笑顔で声をかけてくれる。武道館の大爆笑より、この一言の方が何倍もうれしい

同級生はみな部長クラスになっている。私は今でも新人扱いだ。しかし「人のために何かできている」という実感は、どんな肩書きよりも重い。

次は「日本のお笑い輸出課プロジェクト」だ。一九六四年、ビートルズが「British Invasion」でアメリカを席巻し、世界の音楽を変えた。次は日本のお笑いが世界を変える番だ。

四歳の涙が、四十八歳の笑顔を生み出した。そして今度は、その笑顔を世界中に届ける。成功の形は人それぞれだ。大切なのは、自分だけの正解を見つけること。そして何より、「意味不明だから面白い」という笑いの本質を忘れないこと――これが私の次世代に伝えたいメッセージだ。

 

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