四歳の涙が世界の笑顔に変わるまで
一九八一年、すべては四歳の私が味わった屈辱から始まった。
姉が通う英会話教室の前で、私は涙を流していた。「レベルに達していない」という理由で入会を断られたのだ。英語ができないから習いに来たのに、英語ができないから入れない――子どもながらに理不尽さを感じた。
この悔しさが、後に私の人生を大きく変えることになる。
二十代でイギリス留学、三十代前半でベルギーの大学院に進学。日本人初となるアントワープ大学院の海運経済学修士号を取得し、ヨーロッパで九年間、貿易の最前線に立った。フランス語、フラマン語、英語を駆使し、大手商社では百億円規模の発電所プロジェクトにも携わった。
しかし、毎朝満員電車に揺られながら「このまま定年まで?」と、心の中で問い続けていた。
四十一歳の時、私は二十年のサラリーマン生活に別れを告げ、吉本興業 NSC の門を叩いた。周りは「正気か?」という顔をしたが、人生で初めて「これで生きていきたい」と心から思えたのがお笑いだった。
そして今、スイス人の妻とコンビ「フランポネ」を組み、日本で唯一のフランス語漫才を披露している。
しかし私の真の挑戦は、ステージの外にある。