零章 第一の殺人

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新宿二丁目ゲイ専門ラブホ「XOX」。

初老の支配人はフロントカウンターの前に立った。銀縁のメガネを指で持ち上げると、エントランスの壁の時計を見る。泊り客のチェックアウト時間である午前10時をすでに30分過ぎていた。

支配人は午前8時頃、801号室の客から、

「連れはまだ寝ているが、精算して私は帰ります。連れが時間になってもチェックアウトしなかったら声をかけてもらえますか」

と館内電話で連絡を受けていた。

支配人はよくあることなので「わかりました」と返事をしていた。

801号室の精算状況を事務所のPCで確認すると、室内の精算機で精算されていた。

念のためにパートの客室係として働く初老の女性に801号室に電話を入れさせた。

「801号室から応答がありません」

客室係は受話器を戻しながら口早に答えた。

これもよくあることだった。昨晩はどんな夜を過ごしたのか、電話やノックに気がつかず、泥のように眠りこける利用客がたびたび出てくる。支配人は客室係に部屋を見てくるように言いつけた。

客室係はうんざりしながら801号室へ向かい、その扉をノックした。

応答がない。

仕方がないので、マスターキーで解錠した。扉を薄く開けて、その隙間から室内に声をかけた。

「お客様、チェックアウトの時間がとっくに過ぎていますよ」

だが、応答がなく室内から物音は聞こえなかった。

客室係はそのまま室に入っていった。客室は4坪ほどで正面の90cm角の嵌め殺し窓から床に陽が落ちていた。室内は思ったよりも明るかった。

右手にキングサイズのベッドが置かれている。しかし、人の姿はなかった。ベッドは乱れておらず、ベッドカバーがかけられていた。

あとはバスルームしかない。直前までシャワーを浴びていて音が聞こえなかったのだろうか。客室係はバスルームに視線を移した。

キングサイズベッドのヘッドボードは天井までのガラススクリーンが嵌め込まれて、バスルームが見える構造になっているが、ベッドルーム側にカーテンが設けられており、そのカーテンが引かれていてバスルーム内は見えなかった。

客室係はベッド脇の扉を開け洗面化粧室に入った。続けてバスルームに入ると、バスタブの縁から飛び出すように咲く黒薔薇が目に入った。