「うわっ……」

思わず俺は、叫び声にならないうめき声を発していた。彼女には顔がなかった。鼻の出っ張りはあるが目も口もない色白のツルンとした肌があるだけだった。俺を見つめているようで、そうでないようで。もしも迫ってこられたら、それこそ悲鳴を上げていただろう。

介添えの女性は、このことを知っているのだろうか? それとも、彼女もこの宴全体の集団催眠の中にあって、美しい花嫁の顔が見えていたのだろうか。俺は自分の力でこのようなありえない状況を作り出してしまったのだ。俺はどうすればいいのだろう。

そうだ。俺には二本の角がある。八郎太が持っていたといわれる力があるはずだ。こんなときに使うためにその力はあるはずなのだ。俺は冷静に考えた。

俺がこの「のっぺらぼう」を呼び出してしまったのは、俺が嫁のことを考えないようにしたからだ。そして、その瞬間に俺の未来は確定してしまったのだ。俺は未来を変えられる。だとしたら、過去を変えることもできるのではないだろうか。

どうしたらいいかわからないが、俺は目を瞑って一心に祈った。そうだ、今朝のあの時間に戻るんだ。額の生え際がチクッと痛んだ。