それで、こちらからも四千字以上の返信をした。彼の「エクスキューズ」が、ドイツの留学体験に基づいて、一国内でのキリスト教の旧教と新教の対立と共存について述べたものだったので、興味をひかれた。
Nissieさんはまたすぐに、ドイツでの具体的な事例をあげた長文の返信をくれた。
その最後に「実は、ドイツと日本との“良心の自由”について憲法学の見地から述べた論文を『早稲田大学紀要』に発表したばかりです。よかったら、読んで、お気づきの点など教えてくださいませんか」とあった。
このときに、彼が憲法学の研究者であること、お互いに早稲田の出身であることがわかった。
論文はすぐに送られてきて、Nissieさんの本名が「西原博史」であることを知った。
が、封筒に書かれている名前も宛先も住所も、すべて活字。その理由は、私が尋ねるより早く、本人からのメールで打ち明けられた。
「字が下手なので、がっかりされたくなくて、一字も書きませんでした」
「そんなに下手なんですか?」
「小学生のガキの頃から上達していません」
「ぜひ拝見したいものです」
「汗、汗……」
しかし、字よりも、中身のほうがずっと問題だった。論文たるや、チンプンカンプンだったのである。まず一文が長い。主語と述語がねじれていたり、どこにつながっているのかわからない修飾語があったり。
私は元高校国語科教師である。補習で、大学受験用の小論文添削をしたこともある。昔取った杵柄、放っておけなくて朱字で修正を書きこんでいった。どのページも真っ赤になった。
(こんなに真っ赤にしたのを送ったら、嫌われるだろうなあ)
次回更新は3月3日(月)、21時の予定です。
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