矛盾と迷走
結局、家族の誰にも話せずにいた蓮は、高校時代から親しかった友人の謙介に、この件を相談する事にした。
謙介は高校時代、共に野球をやり遂げた仲間であり、親友の一人である。
学生の頃はよく、謙介の恋愛話を聞かされた。謙介は部の中でもすっきりとした顔立ちで、女子からの人気も高かった。
蓮には事ある毎に女子を紹介する謙介であったが、野球にしか意識が向かなかった蓮は、話を右から左に聞き流していた。
野球部を引退してからも、二人は、謙介の家でふざけあってゲームをしたり、お互いの現状を語り合う仲だった。
謙介は、蓮が幼い頃に両親が離婚している事、そして十年ぶりに父親と再会した事も知っていた。
その日、蓮は謙介を誘って、二人で温泉へ出かけた。温泉は山林の途中にある。緩やかな坂道を登り始めてから十五分程経過した頃だろうか。謙介の運転する車は、温泉の駐車場に到着した。
車から降りると、家族で温泉に浸かりにきたのだろう、子どもたちがはしゃいでいる姿が、入口の方に見えた。
いつもより澄んだ空気を味わいながら、二人は温泉の入口へ歩いて行った。
二人は身体を洗い、露天風呂に向かうと、その広大な大自然と融合された真っ青な空には、目を見張るものがあった。
真っ青な空とは逆さにして、遠くまで広がる青い海にかかるマルーン色の夕日が、水面に反射してキラキラときらめく額縁の世界は、絶景そのものであった。
久しぶりに湯に浸かり、心も体も癒されながら、蓮はその額縁を眺めた。いい眺めだった。
その景色を見ると、時を忘れていつも長湯してしまう。
「しかし、お前から誘うなんて、珍しいな」
額から流れ落ちる汗をタオルで吹きながら、謙介が話しかけてきた。
「ああ」
いつも相談を受けるのは謙介からで、今付き合っている人がどうだとか、お前も彼女を早くつくれだとか、もっぱら恋愛話が長らく展開される。しかし、今日はそうはならなかった。
「何だ? 好きな人でもできたか」
冗談交じりに言いながらげらげらと笑って揶揄う謙介に、蓮は水を差した。
「いや、そうじゃなくて」
謙介は、目を見開きながら言った。
「何だ? どうした」
「謙介は、血液型は確かA型だったよな」