「空間」の落差に対する工夫

サービス付き高齢者住宅に建物に愛着が持てるよう、あるいは、どこか昔の記憶を呼び覚ませるよう、形にこだわりました。これは思った以上に好評でした。

サービス付き高齢者住宅は建築基準があり、バリアフリーであること、自室にトイレ洗面があることは必須条件です。これは体の自由が効かなくなったご高齢者には便利だと思います。

例えば、歳を取ると膀胱の機能が低下し、あるいは不眠になり、夜中に頻回にトイレに起きることが増えます。この時、自宅での転倒による大事故が起きやすいのです。

自宅での小さな段差や、つかまれる所の不備だったり、廊下の狭さだったりが、トイレまでの道を遠くします。その点、自室にトイレがあれば、すぐにたどり着けます。

部屋の広さはどのくらいが適切なのかは、業者と事務長の意見と私の意見は大きく割れました。

日本のサ高住の最低の部屋の広さ基準は最低床面積が25m2、共用部分が充実しておれば18m2とスウェーデンでの住宅基準35m2と比べて、大変に狭いものでした。

施設ではない、住宅としての高齢者住宅という概念で決められたスウェーデンの35m2を実現して当然と考えていた私は、業者の「それでは全然、ペイしません。その広さは自立型のご夫婦を対象とするならばアリかもしれませんが、自立が困難となった方、医療ニーズの高い方には広すぎると思います」に納得ができませんでした。

それは日本流の商業効率重視で、終の住処を考えるという大目標を阻むものに思えたのです。しかし、事務長も業者さんの意見に同意します。

確かに論語と算盤とは言われるように、理想ばかり語って、採算が取れないのも困ります。しかし、莫大な投資をしてまでやろうという事業で安易な妥協は許せません。結局、年寄り世代の母の意見により、私の考えは妥協を迫られました。

「お前、35m2なんて、年寄りには広くてかなわんよ。体が動かなくなってきたら、あちこち、つかまりながら歩くもんだ。掃除だって、自分でできなくなるんだよ」

そんなものでしょうか? 確かに、スウェーデンで見た一室は広くて、その中に入居者さんのご自宅から持ち込まれたシャンデリアや家財一式があり、健常者目線からは憧れの一室に見えました。

ただ、違和感を感じた部分もありました。それは肝心の入居者のおばあちゃんが、もはや認知症や種々の疾患を患い、自分でほとんど動けなくなっていたことでした。そうするとその空間はあまりにだだっ広く、誰のための空間か?と違和感を感じたのです。

それにしたって18m2なんて、病院の特室のような狭さです。これが住居と言えるのだろうか? と甚だ不満だった私の意見に妥協し、作られたのが25〜26m2の部屋14室でした。残りは18〜20m2の21室になりました。こんな狭いところに入居してくれるものだろうか?と甚だ不安でした。