お母さんの煮しめ

(もうここから先へは行けない……)

わたしは、子供ながら悟った。わたしは、一体ここで何をやっているんだろう。逃げたって、もう、ここから先へは行けないのだからどうしようもない。戻らないと。もう、戻って現実と向き合うしか、立ち向かうしかないのかもしれない。

熊本城だって震災で傷ついても復興に向けて、前を向いて懸命に頑張っている。今のわたしに比べたらどうだ……。わたしは家に戻った。

戻る途中、急に雨が降り出し、わたしは雨に全身を洗われた。ずぶ濡れで家へ着くと、玄関先でお母さんが心配して待っていた。

「れいちゃん、こんな遅くまでどこに行っていたの。まぁ、ずぶ濡れじゃない。風邪引くわよ。早くお風呂入って来なさい」

いざ、お母さんと顔を合わせると昨日のことで気まずく、わたしは目を背け、風呂場へとトボトボと向かった。風呂場に着くと、冷たい服を裏表関係なく脱ぎ捨てた。

この時間の湯船はお湯が入れたてなので熱々。わたしは、湯船に足先から少しずつ浸かっていった。だが、思ったほど熱々ではなかった。

そのままゆっくりと肩まで浸り、さらに頭まで浸かっていき、そのまま底まで沈んでいった。水中は熱いというより、温かく感じた。水中で目を開けた。薄暗い。何だか身動きが取りにくい。今、足で何か蹴ったかも。

あれ? 今、かすかに上からお母さんの声が聞こえた気がした。ここはどこなの? 不思議な感覚に包まれた。まるでお母さんお腹の中にいるかのような。そんな気がした。

お風呂から上がり、パジャマに着替えると、わたしは、台所へ向かった。わたしは、お母さんにすべてを話すことにした。台所に入ると、お母さんがいた。

「お、お母さん……」

「なーに? れいちゃん」

わたしは、勇気を振りしぼって言った。

「お母さん……あの……昨日はごめんなさい……」

そう告げると、急に涙が溢れてきた。お母さんは、わたしのそばにゆっくりしゃがみこむと優しくこう言った。

「れいちゃん、わたしも昨日はお弁当に煮しめを入れちゃってごめんなさい。お母さんね、れいちゃんがあんなに煮しめのことが好きだったのに、急に煮しめはもう嫌って言うから心配だったの。でも、ありがとう」