ツツジの花
ゴールデンウィーク、近所の公園にはたくさんの子供たちが集まって、運動会をやっているように賑やかでした。そして、青空の下、小犬のここあは、楽しそうに満開のツツジの花の匂いを嗅いでいました。
その日の夜。暗闇の中、ここあが吠えていました。時刻は、草木も眠る時間。
「どうしたんだろう?」
ここあは、全身を使って玄関に向かって吠えているようでした。心配になって玄関ドアに近づきました。相変わらず吠え続けるここあ。
「不審者?」
「チリン」「チリン」と鈴の音がして、鍵を差し込む音がします。
「カチャ」「カチャ」
少しだけ玄関ドアが開きました。
「ぐわっ」と狭い隙間を圧縮された空気が通っていきました。ますます吠えるここあ。一気に玄関ドアが開きました。
ここあはピタリと吠えるのを止めました。薄暗い玄関で私は言いました。
「ここあ、ただいま」
どうぞの一言
地下鉄の始発駅の車内にて。ドアから近い順に30代の男性が2人、60代の男性、20代の女性が座っていました。その4人の前におばあさんが来ました。
まず20代の女性が立とうとしましたが、20代の女性を止めるように60代の男性が立ち上がり席を譲りました。ところが、今度は、それを見ていた30代の男性2人が立って、60代の男性に席を譲りました。
ドア側に空席が1つ。その席にはお父さんと手をつないでいた少年が座りました。少年は上目づかいで照れくさそうにお父さんを見ていました。席が埋まって電車は動き出しました。
ほんの2分の間に7人の人間が関わった電車内の出来事。無縁社会と呼ばれるようになったニッポンですが、そうじゃないような気がします。
豚に翼があったなら
私は、自分の顔や体型に似た置物を見ると愛着を感じます。先日、ぶらり立ち寄った家具店で、ふと見つけたのは『空飛ぶ豚』の置物でした。
『空飛ぶ豚』は、背中に翼をつけ、両手に時計を持ち、背筋をぴんと伸ばして立っていました。『空飛ぶ豚』の時計の針は9時45分を指しています。
私は、電車を乗り継ぎ、上野駅11時発の特急列車に間に合うように、やや余裕を持って家を出ました。ところが、その日はツキがありませんでした。最寄り駅で乗った電車は到着遅れ。しかも、満員。どの駅も人がいっぱいでドアが閉まらないアクシデントの連続。電車は遅れに遅れ、私は焦りました。頭はのぼせ、汗もタラタラ、時計ばかり気になりました。
地下鉄上野駅に着いたのは10時58分。特急列車のホームは地上。発車まであと2分。「無理だ」の言葉が頭をよぎりました。地下鉄の電車のドアが開いた瞬間でした。信じられないような出来事が起きました。
突然、私の背中に「ググッ」と音をたてて翼が生えてきたのです。
「えい!」
『空飛ぶ豚』になった私は、宙に舞い上がり、あっという間に地上へ。そして、改札を通り、発車ベルが鳴る特急列車のホームに着きました。
「プシュー、シュー」
特急列車のドアが閉まりました。私は、がっくりと肩を落として、うつむきました。特急列車がゆっくりと動き出しました。
「頭の中が真っ白」。
酸欠になった私は、ぜーぜーしながら特急列車のデッキになんとか立っていました。