「で、どうだった。今日の祭りは」

秋吉の声で現実に引き戻される。

「楽しかったよ」

「ばっきゃろ、そうじゃないんだよ。鈍い男だね。宮園さんと距離は縮まりましたかと聞いているんです」

「え、ああ。そのまあ」

「まあ察しているよ。俺と一緒に帰っている時点でさ」

意気消沈だ。

「嫌われてんのかな」

思い出すのは高校の入学式だった。一年一組、僕の所属するクラスの紹介から始まった。担任は野口(いつき)という男性でにこやかに一礼した。そして僕らのクラスの生徒たちが名字の五十音順に呼ばれていった。男女混合で、名前を呼ばれたタイミングで立ち上がっていく。次第に僕の番に近づいてきて、呼ばれて声が裏返らないか、立ち上がったタイミングでパイプ椅子が倒れないかと緊張で揺れていた。足はどこにやれば立てるのかさえ分からなくなるほど戦々恐々としていた。

「月島翼」

「はい」

自分の番だと知っていたのにいざ名前が呼ばれると鼓動が乱れた。けれど反射的に立ち上がっていた。安堵も束の間、椅子がカタと音を立てて、冷や汗がこの一瞬ににじむ。けれど何事もなかったように次の生徒が呼ばれた。椅子が倒れた気配はない。椅子は少しずれただけで、僕は胸を撫で下ろす。そして一組の生徒全員の名前が読み上げられた。

次に二組の生徒が呼ばれる。

「宮園小春」

諦めた僕の耳が無意識に拾い上げた名前に心臓が跳ね上がる。間違いなく僕が会いたかった人物と同姓同名だった。しばらく思考が停止する。するとじわじわと自嘲が広がっていく。きっと聞き間違いだ。願望が生み出した幻聴だ。

「はい」

宮園ではないと思うのに声の方向を振り返る。僕は呼吸をすることさえ忘れて宮園と呼ばれた少女を見つめていた。少女が返事をしたはいという二文字が、他の誰の声よりはっきり聞こえて、なぜか冬の空を思い出した。透き通るような、けれどどこか痛いくらいに鋭い声色だった。

ブレザーの制服を着た少女は返事をするとゆっくりと瞬きをした。他の一年生の中から僕を見つけると、その切れ長の瞳を大きく見開いた。綺麗な黒目がこぼれるほどに。それで確信する。目の前の少女は間違いなく幼いころ一緒に遊んだ宮園だと。それはあどけなくて、小さい頃の面影を見つけた気がして、思わず笑みをこぼした。

けれど宮園は困ったように眉を寄せた。あの頃よりも背が伸びて、健康的な小麦色だった肌は今では白く浮かび上がって、活発的に開かれていたその瞳には愁いを帯びている。あの頃と何もかもが違う。そして宮園は他人行儀に微笑むと前を向き直したのだ。

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