第三のオンナ、
千春
「お父さん、普段はいい加減で乱暴者に見えるかもしれないけど、弱きを助け強きをくじくというような、かっこいいところがあったのよ」
「へえー、なんか意外」
「海水浴でガラの悪い男たちに絡まれているところを、お父さんが助けてくれたの。お父さん、腕っぷしは強かったからね」
小学六年生、夏休みの最終日。
わたしは、宿題の読書感想文をすっかり忘れていて途方に暮れていた。本を読むのは好きじゃないので、何から手をつけてよいのかさっぱりわからない。姉はどこかに遊びに出かけていて、頼ろうにも頼ることができない。そんなとき、いつだったか母が珍しく父を褒めていたことを、わたしは思い出した。
ラブストーリーは突発的に。
わたしの頭の中でそのタイトルが浮かぶと、たぶん存在しないであろう恋愛小説を読んだことにして、両親のなれそめを書こうと思った。母が買い物から帰ってくるや、わたしは事情を説明し、頭を下げた。
「困ったわねえ」
案の定、母は戸惑いの顔を見せた。前々から両親のなれそめを詳しく聞いてみたいと思っていたわたしにとって、この機会を逃すと聞けそうもなく、困っている娘を助けてほしいと切に訴えた。
「しょうがないわねえ。後に先にも今回だけよ。でもひとつだけ条件がある」
そう言って、母は人差し指を立てた。
「事実は小説よりも奇なり、とはよく言うけど、母さんのことを悪く書かないこと。いつどこで誰からお父さんの耳に入るかわからないでしょ。お父さんが知ったら後で何をされるかわかったもんじゃない」
その前置きに、普段は子供思いの母が実は悪女ではないか、という母の本性が垣間見えたような気がした。と同時に、母が父をどう思っているのか、そのとき改めてわたしは理解した。のちのち大問題に発展する恐れがあるのなら、両親のなれそめを題材にするのはやめたほうがいいのかもしれない。
わたしはそう考えを改めたとき、意外にも母のほうから、「これから話すことは千春にとってショックかもしれないけど、母さんのことは嫌いにならないで。千春も大きくなって好きな人ができたら、母さんの気持ち少しは理解できると思うから」と言ってきた。しかし、前置きが長い。
――母さんのことを悪く書かないこと。
この言葉に、わたしはひっかかるものがあった。いつどこで誰から父の耳に入るかわからないということは、母にも当てはまる。
「おたくの娘さんが書いた読書感想文、コンクールで賞を取ったんですって」
そんな噂が広まるのを、母は期待しているのかもしれない。