「パパ、どうしたの? やっぱり今日、ちょっと変だよ」
蘭が不思議そうな目でオレの顔を覗のぞき込んできて、正気を取り戻した。
「さっきは突然踊り始めるし。そして今度は気持ち悪いくらいニヤニヤしてる」
「……実はこの町で過ごしたときのこと、思い出しちゃってね」
「そうだったんだ! じゃあ……蘭もこの町で楽しく過ごせるんだね!」
蘭は白い歯を見せ、Vサインをした。親バカ冥利に尽きるなんと嬉しい言葉! アメリカから日本に向かう道中、オレは罪悪感に苛さいなまれていたが、故郷が近づくにつれてその罪悪感は薄れていった。蘭の表情が明るくなったからだ。初めて訪れる父親の故郷というものが娘の気分を和らげたのだろうか。これでよかったのだ。オレが悩んだ末に下した決断は間違っていない。
蘭の笑顔を見るたびに、自信が確信に変わった。
「そろそろいこうか」
オレは蘭の小さな手を握り、目的地の生家に向かってゆっくりと歩き出す。久しぶりの故郷。生まれ育った街の変化をこの目にしっかり焼き付けたいと思った。
だが、真っ直ぐに延びた駅前の中央通りは、再開発なのか軒のきを連ねていた店はほとんどない。すっきりした感があるのは良いけれど、人影がない。猫一匹すら歩いていない。駅の右側のエリアには、八百屋や魚屋などの個人商店、地元のなんちゃって不良どもが集つどう駄菓子屋兼ゲームセンターがあったと記憶しているのだが、今はその面影すらなくだだっ広い道路になっている。
左側のエリアは昔から変わらずに駐輪場だが、駐輪スペースはずいぶんと広がっていた。広くなったぶん見通しが良くなっていて駅から目と鼻の先にコマーレがある。まったく変わらないのは雲ひとつない澄みきった青空と、地面が穏やかな陽光に照り映えていることくらい。
かといって、寂しい気持ちは微塵もない。街並みが変わっていくのは当たり前のことだ。そういえば、帰省するのは何年ぶりだろうか。大学を卒業して以来だから……三十年ぶり!? 我ながらびっくりする。