夕食後、部屋に戻ろうとしたところを父に呼び止められた。
「座れ」
月を跨いで二度目の緊急家族会議が開かれた。嫌な予感に押し潰されそうだ。
「破門だ。二度と竹刀を握ってはならん」
最悪の予感が的中し、足下が崩れて行く錯覚に襲われた。意思に反して揺れ動く体を止められない。右手をテーブルについて倒れないようにするのが精一杯だ。
「宗次郎、師範はおじいさんです。あなたに虎次郎を破門にする権限はありません」
「そうですよ、あなた。何もそこまでしなくても」
祖母と母が何とか執り成そうとしてくれたが、父が一度決めたことをそう簡単に翻すとは思えなかった。
「師範と相談して決めたことです」
「そんな、あなた」
「お前も黙っていなさい」
父に静かにたしなめられて母は口を噤んだ。重苦しい雰囲気に包まれたリビングは灯りまで暗くなったようだ。
「それからもう一つ、みなに伝えねばならんことがある」
じいちゃん、一体何を言うつもりだ。やめてくれよ、まさかだろう。
「わしは師範の座を宗次郎に譲って隠居する」
想像通りの台詞を耳にして目の前が真っ暗になった。
「門下生の成木くんにああいう形でケガをさせてしまった以上、虎次郎一人が辞めてすむ話ではないからの。わしは責任を取って師範を辞任する」
「嫌だよ、じいちゃん。辞めないでよ! じいちゃん!」
「見苦しいぞ、虎次郎!」
父に一喝されて硬直した。もう何も言えなかった。
じいちゃんから剣道を奪ってしまった。俺は取り返しのつかないことをしてしまった。
じいちゃんごめん。俺のせいで、ごめんなさい。
部屋に戻ってベッドに転がり、時計の音を聞いていた。何もかもが虚ろに見える中、部屋の隅に立てかけた竹刀袋が浮き上がって見えた。
竹刀袋のあるところまで、普段なら何でもない距離がとてつもなく遠く感じた。おぼつかない足取りに不安を覚え、途中から四つん這いで行った。
震える指で留め金を外し、中から一本取り出そうとして、途中でやめた。柄革の匂いと感触に息が詰まるほど胸が締めつけられた。窓から見上げた下弦の月が朧に霞んで雫と消えた。