第1章
―1年後― 四月
「肉食地区の医者共だ。ついにやったな」
「菜食の一般人が増えたせいで仕事が減って、自分達が困窮したと思ってるんだろ」
「医者の数を制限してまで一部の財産家の地位を守ってきたのに、近頃は患者が減少する一方なんで、医者の失業に歯止めをかけたいんでしょ」
話を聞いていると病人の多い肉食地区で細々と働いていた医者や研究者達が大量リストラにあい、中間地区へ移住し、グリーンランドへ入国しこうしたデモを行うことが稀にあるらしい。
肉食地区ではこれらのデモの内容や菜食地区で病気が激減している等の報道は禁止され、その規則を破った場合は報道機関から追放されるのだそうだ。ネットの情報も操作されている。
それほど肉食やそれに伴う病気が経済を支えている地区なのだろうが、どこかのカルト国家のようで、同じ国内とはいえ恐怖を感じる。昔、税源目当てにタバコ産業を野放しにしていた議員がいたのは有名な話だが、今でも肉食地区では違法にタバコが取引されているという。これは職場で仕入れた情報だ。
デモ隊の列は長く、後ろのほうになるとやる気も無いのに賑やかしで参加しているような若者もいた。ダラダラと歩きながら大声で雑談している。二人組の男達が話す内容はデモ本体よりも過激だった。
「昔みたいにガンガン不摂生してもらって一人でも多く病気にさせないと、親の金もそろそろ尽きるからよ。詐欺か強盗でもやんねえと生きらんねえぜ」
「あー。マジで思うわ。下々の奴らがアリみたくコツコツ稼いだ金は、そのうち俺ら医者がごっそりと回収するのが従来社会の仕組みだろうが……ってなあ!」
いくら何でも「回収」はおかしくないだろうか。近くを通り過ぎるデモ隊の理不尽な言葉に呆れてしまう。グリーンランドの住民は事情を知る者が多いからか、デモ隊の捨て鉢とも思える発言は不思議なほど聞き流されていた。
この界隈は特に肉食地区の大物政治家や財界の富豪が別宅を構えて住む一等地のようだが、財閥達は医者に弱みでも握られているのだろうか。財産家の中には、肉食地区のあまりの治安の悪さに辟易して中間地区やグリーンランドに移転する者がいるというが。