あの空の彼方に

あれは、入試まであと数ヶ月を残した日のことでした。

あの日、貴方と二人で誰にも内緒で出かけたのでした。貴方との中学生時代から続く、受験勉強の日々に()み疲れ、私の運転する車で、貴方を連れ出したのでした。その日は貴方の御両親が共に不在の日でしたから。

別荘地の沼のある場所の外れの、静かな森を二人、言葉もなく歩き、疲れて、吾亦紅の咲く、日の当たる草の上に座り込んだ、貴方と私でした。

陽が燦々と降り注ぐ午後でした。

常日頃、貴方の家の奥まった勉強部屋の机の前に座る貴方の横顔を、少し高い所から見ている私でした。

何気なく、貴方の座る向かい側に腰を下ろして貴方を見た時、貴方の顔から目が離せませんでした。貴方のことは赤子の頃から見ていて、幼い時も、小学生の頃も一緒に遊んだり、中学生の時から始まった受験勉強の日々も、ずっと見ていた筈でした。貴方は私の親友の一人息子であり、あまりに身近で、近くにいることが当たり前の唯の教え子でした。

でも、気付かないうちに貴方は少年から、もう一歩、大人に近い青年になっていたのですね。あの時の私の驚きをどのように表現したら良いか。

薄い茶色の頭髪の、少しカールした長い前髪が、陽に輝く若く広い額に垂れて、長い睫まつげに縁どられた切れ長の美しい瞳の下には、つん、と鋭った鼻先、少し薄いピンクの唇、襟元には白いワイシャツ、掌は私より大きく、しっかりとしたものでした。

思えば、貴方の背丈はもう以前から、私のそれを随分と越えていたのでしたね。

貴方の全てから目が離せなくなりました。すっかり魅せられて、私は自分でも気付かないうちに、貴方の頭と肩を抱きしめていたのでした。貴方はその時、どう思っていらしたのでしょうか。貴方は私のされるままになっていましたけれど。

貴方が思春期の男性であることを知っていたのに、私は自分が抑えられず、貴方が怖がらないように優しくそっと、貴方の柔らかな唇に、自分の唇を重ねました。その目にも、額にも鼻にも、頰にも項にも、そして耳にも。貴方の何もかもが愛しかった。

貴方の幼い頃から遊んできた、あの場所で。物音一つしない静かな時に、やわらかな風だけが吹いていました。

そして、私の部屋で貴方の若く広い素肌に頰を埋めたあの時。あの時から、貴方以外の全てのことはどうでも良いものになりました。自分の命でさえも。この時がこの世の全てです。

此の世の後の世でも一緒にいたい、と願う程に、淡々と生きてきた私の何処に、このような熱情があったかと自分でも驚く程に、悲しい程に、愛してしまった、子供のような歳の貴方を。