【前回の記事を読む】冷蔵庫に小便、深夜に徘徊…酒でノイローゼになった男が仕事で成功した衝撃の理由
第一章
全てが上手く回り始め、起業の緊張が緩んでくると、今まで以上に酒量が増えていきました。近所付き合いも大切だからと、近くにある個人飲食店に手当たり次第に飲みに行き、毎回大量の酒を飲み、店主と仲良くなって帰ってきました。
そのうちに仕事はおろそかになり、店はB子とアルバイトに任せて飲み歩くようになり、そのくせ仕事の文句は人一倍いうようになりました。今までの職場のような同僚や上司の目もなく、誰にも注意されないのですから、さらに加速してアルコール依存症の坂道を転がり落ちていくのは当然のことでした。
当然B子との仲は壊れていきました。しかし私は経営のプレッシャーで勝手に追い詰められていました。(今でこそ理解できますが、アルコールのせいで、ありもしない恐怖に毎日慄いていたのです)
「誰の為に働いてやっているんだ」「一番辛いのは俺だ」「どいつもこいつもわかっていない」と思っていました。毎晩、自分が経営者仲間と「どんちゃん騒ぎ」しているのに、です。
神に誓って、妻に暴力を振るったことなどありませんが、言葉の暴力は本当に酷くあったと思います。憶えていないことも多くありますが、憶えているだけでも酷かったのですから本当に申し訳ない限りです。
そんな私の身勝手さと、お酒での浪費と、仕事の不真面目さとで、B子は息子を連れて愛媛に逃げ帰りました。私は四〇歳でした。
置き手紙には、
「私が甘やかしすぎたのがいけなかった、あなたには実力があるんだからもう一度頑張れると思います。また好きな人を見つけて幸せになって下さい」
というような内容が書かれていました。知っていたつもりですが、仕事のパートナーとしても、妻としても、母親としても、筋の通ったとても素晴らしい女性でした。私は添えてあった離婚届に判を押しました。
B子が出ていってから、少しは落ち込んでいたものの「いつまでもクヨクヨしていても仕方がない、これからもう一度仕事を頑張って見返してやろう」と思うと同時に、「もう飲んで迷惑がかかる相手もいないではないか」という、酒飲みの発想が出てきました。
これからが本当の「アルコール依存症」でした。