音楽(「生きるか、消えるか」)の後奏とともに、ハムレットは下手奥へ去る。舞台溶暗。
ホレーシオと侍女、舞台中央の定位置につく。舞台が明るくなる。
ホレーシオ オフィーリア殿の父上、内大臣ポローニアス閣下は、国王の命を受けハムレット様の心のうちを探ろうとしていた。
侍女 オフィーリアさまは従順な娘、父上様の言いつけに背けなかったのです。
ホレーシオ 『ハムレット様は王子、お前とは生まれた星が違う、愛だの恋だのもってのほかだ。贈り物はお返しするのだ。』
侍女 『……はい、仰せの通りに致します。』
ホレーシオ 『ハムレット様は間もなくここをお通りになる。お前は、祈祷書を読んでいなさい。国王様とわしは、あちらの陰で二人の様子を見ている。』
侍女 『……お言いつけに従います、お父さま。』
舞台溶暗。ホレーシオと侍女は、舞台中央奥の椅子に腰かける。
オフィーリアが舞台上手で「祈祷書」を手にして跪く。
音楽(重唱「尼寺へ行け」)の前奏。ハムレットが下手より現れる。
ハムレット ……美しい オフィーリア おお 森の妖精 罪の許しも 祈りの中に
オフィーリア ……ハムレット様 いかがお過ごしでしたか?
ハムレット ありがとう 元気だ 元気 元気
オフィーリア ……殿下、戴いた贈り物を ここにお返ししなくてはと 気になっておりました
どうか お受け取りを
ハムレット いや 受け取らぬ 何もやった覚えはない
オフィーリア いえ いえ よく憶えておいでのはず 優しいお言葉も添えてくださって
その香りも今は失せました お返しします
贈り主の心が変われば 贈り物も大事でなくなるもの さ どうか
ハムレット ハッ ハッ おまえは 貞淑か?
オフィーリア え?
ハムレット おまえは 美しいか?
オフィーリア なぜ そのような?
ハムレット なに、おまえが 貞淑で 美しいなら
その貞淑さは 美しさを 近づけぬといいと思ってな
オフィーリア 美しさと 貞淑さほど 似つかわしい 一対があるでしょうか?
ハムレット いや、美しさは 貞淑を たちまち 売女(ばいた) に変えることもある
……心からおまえを愛したこともある
オフィーリア 本当に そう信じさせてくださいました
ハムレット 信じてはならなかったのだ
もとの木が いやしければ どんな美徳を 接ぎ木しようと むだだ
いやしい花しか 咲きはせぬ もともと おまえを愛してはいなかった
オフィーリア それなら 私の 思いちがいは いっそうみじめなものに
ホレーシオ・侍女が席を立つ。下手・上手に進む。
ハムレット 尼寺へ 行くがいい 罪深い子の 母となったところで なんになる?
ホレーシオと侍女の《台詞》が介入する。
ホレーシオ 物陰で音がした。ハムレット様は、二つの人影を見た。
侍女 ハムレット様は、気づかれた。
国王陛下とオフィーリア様のお父上が立ち聞きされていることを。
ハムレット おれたちは 悪党だ 一人残らず だれも信じてはならぬ
尼寺へ 行くのだ ……父上はどこにいる?
オフィーリア ……家に 家に おります
ホレーシオと侍女の《台詞》が介入する。
侍女 オフィーリア様は 言えなかった 本当のことを。
ホレーシオ ハムレット様は 許せなかった その嘘を。
ハムレット しっかり閉じ込めておけ 外に出て 馬鹿な真似をしないようにな
さようなら
ホレーシオ・侍女、舞台中央奥の椅子に着席。
オフィーリア あの方を お救いくださいまし!
ハムレット もし お前が 結婚するというなら
持参金代わりに 呪いの言葉を くれてやる
たとえ お前が 氷のように 貞淑 雪のように 清浄であろうと
世間の陰口は 免れまい だから 尼寺へ 行け
どうしても結婚するというなら 馬鹿と結婚しろ
利口な男なら 間男されて
知らぬは亭主ばかりになるってことを 知っているからな
さようなら さ、行くのだ 尼寺へ 一刻も早く!
ハムレット、走り去る。
オフィーリア ああ、気高いご気性が 壊れてしまった!
みんな、みんな おしまい! 私は みじめな 見捨てられた女
誓いの調べ― 甘い蜜を 吸ったのに
昔を見た目で 今のありさまを 見なくてはならない
あ、ああ! 神様、どうか あの方を もとのお姿に!
音楽(「尼寺へ行け」)が消えるとともに、舞台溶暗。
オフィーリアは退場する。ホレーシオと侍女は席を立ち、舞台前の位置に着く。
音楽が流れる。舞台がゆっくりと明るくなる。