そして、「脱日入中」戦略は新しい問題を引き起こした。それは、中国の新しい取引先の仕事は単価が低く、大量の在庫を作らなければならないため、上海山田の財務状態が著しく悪化したというものだった。しかし、古川総経理はこの状況を「構造改革のための産みの苦しみ」と呼んで、まったく焦っていない様子であった。
神岡が2014年度の決算赤字が2000万元(当初の為替レートに換算すると約4億円)であることを古川総経理に報告した際に、「5年間の儲けはふっ飛んだな! ハハハ!」と笑って、まったく反省する様子が見られなかった。そして、たたみかけるように、「今年はもっと(赤字が)出るよ! 覚悟しときな。ハッハ!」とまで言い放った。
「本当に腹が立つ奴だ!」
神岡は必死で怒りを抑えながら、少し声を落として話し始めた。
「総経理、このままでは、今までの儲けがふっ飛ぶだけでなく、3年も経たないうちに会社は潰れるんじゃないですか?」
そんな神岡の進言に対して、古川総経理は突然真面目な顔になり、
「3年後に潰れるんじゃなく、上海山田はすごい会社になるよ、分かるか? 車の部品ってなあ、変身ができるんだ! 道路を走るのは当たり前、空も飛べて、宇宙にも行かなきゃ。日本は遅れた、中国の時代がやってくる! パクス・シニカだ! お前は中国に来たことを幸運に思え!」
「ハ? 何の話ですか?」
神岡は古川総経理の話についていけなくなった。
「アッ、悪いな。ラテン語は分からないよな。簡単に言えば、“中国復興”という意味だ。俺が春節パーティーで発表したように、中国市場には大きなチャンスがある。あと3年間我慢すれば、上海山田は儲かってしょうがない会社になる」
「分かりました」
神岡はこれ以上話をしてもかみ合わないことを悟って、本題に入ることにした。
「グループの会計方針に基づいて、当社の繰越欠損金を今後5年間で回収できるのであれば、当期税効果会計1を適用して繰延税金資産を計上しようと思いますが、よろしいでしょうか?」
「税効果会計か。俺には問題ないが。中国の役所はそれでいいかどうか、財務部の陳君に相談してみてくれないか? あとでうちの今後5年間の事業計画をメールで送るから」
「分かりました。事業計画をお待ちしております」と神岡は言うと、半信半疑で総経理室を出た。