大阪警察病院を退院してから大阪大学附属病院に入院するまでの約一年間も、私の若年性多関節リウマチの症状は継続していた。警察病院の谷池雅子先生に紹介してもらった大阪南港にある阪大病院でリウマチ研究をしていた小児科医院の玉木先生のところに週一回通院していた。その頃にはもう谷池先生は警察病院にいなかった。玉木先生の受診のあとに、母とお寿司かロイヤルホストでランチを食べるのが恒例だった。朝方と夜に関節の痛…
[連載]車イスの私がアメリカで医療ソーシャルワーカーになった理由
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健康・暮らし・子育て『車イスの私がアメリカで医療ソーシャルワーカーになった理由』【第6回】上原 寛奈
警察病院に捕らえられていた時よりも、私は遥かに自由だった
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健康・暮らし・子育て『車イスの私がアメリカで医療ソーシャルワーカーになった理由』【第5回】上原 寛奈
偉大なる人たち図鑑
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健康・暮らし・子育て『車イスの私がアメリカで医療ソーシャルワーカーになった理由』【第4回】上原 寛奈
私の愛してやまない炭酸ジュース
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健康・暮らし・子育て『車イスの私がアメリカで医療ソーシャルワーカーになった理由』【第3回】上原 寛奈
これ以上どう頑張ればええねん
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健康・暮らし・子育て『車イスの私がアメリカで医療ソーシャルワーカーになった理由』【第2回】上原 寛奈
とても優しく厳しいお医者さん
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健康・暮らし・子育て『車イスの私がアメリカで医療ソーシャルワーカーになった理由』【新連載】上原 寛奈
床に落ちていたカチカチになったご飯粒ですら食べる
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