「早いうちに僕ら行こうか」
「ああ、そうしてください。お招きします」
「淳次第なんだろ?」
「聴いてもらいます」
「もういいのじゃないか。淳は若いなりに僕らより賢いよ」
「賢くて優しい。本当に優しい」
「若者の続きを聴いてあげるよ。だが、素面じゃ持たない。飲もうよ」
「僕、車ですから」
「気の毒に」
二人は地元では飲みに出ない。結婚した時新築して越してきて以来、静謐に埋もれて暮らしてきた。表札に重信が加わっても変わらず。
「出頭してきた容疑者の尋問みたいだ。逃げ出したいだろ」
「いや、まだ大丈夫です」
「外に繰り出した方がいいなら」
「いや、面倒臭い」
「寛ぎなさい。酒はそのためだ」
「こういう時はヴェランダでバーベキューがいいんだろうが、年寄り所帯は家の中で湿し気けているんだ」
「うちに来てくれた時にやりましょう」
「いいな。楽しみだ」
二人について回ってキッチンと往復したり冷蔵庫を覗いたり、おっとトイレか、なるほど。ハイボールとウーロン茶で
「祝杯だ」
「縁結びに」
「乾杯!」
こじつけた。
「サウスポーか」
鉢が並ぶから
「手製ですか?」
「缶詰のつまみもある」
「男所帯にはいい時代だ」
「さっきから淳さん、淳さんて言っているが、ふだんもそうか?」
「はい」
「あれは君をなんて?」
「八汐くん」
「姉さん風吹かすんだ」
「吹き止まないで欲しい」
「父親を挑発するのかい?」
「あんまり言わせないでください」
「左利きは右脳が強いんだ」
「言われることがあるけれど、矯正されなかっただけだから」
グラスを視て誰かの手がウヰスキーを足したり、氷を足したり、捨てたり。いつの間にか八汐もハイボールである。
「八汐、働いているだろ? 何している?」
「親父の木工所の職人です」
「それはいいね。器用だろう? 左利き」
「不器用です。弟は右利きで本当に器用です」
「世の中右利きだから不便がある」
「はい。気が付いたら男で、気が付いたら左利きで、みたいなものです。自分に慣れなきゃ。皆やってる。意識してやらなきゃならないんで、ハンデはあるかも」
「ああ、思い出した。あいつだよ。ミドルかストロークか、さんざん弄られた」
「ボート部にいて、俺たち。知ってる? 美大か。知らないよね。高校で、エイトって八人乗りのボートのどこに座るか。そいつだけ左利きで、どうしてだかバランス崩すんだ。全部のシート回されたなあ。挙句に外されたり」
「中央大で復帰した。高校はまだ……発展途上だから」
「俺たちはそこで出会ったんだ……発展途上だったよ、まさに……」