八汐の隠し事
拙いことでもあったのかと親父にまで訊かれて観念した。半休取って、市庁舎の徒広いロビーに陣取って、自分を隠すには市井に隠れるのが上策さ、スマホで作戦を開始した。一軒目。生唾呑んで、不審がられないように、精一杯。落ち着いた男の声が、ああ、家内は幼稚園の面談です、帰ったら電話させます。普段のやりとりみたいに。美大の同級の鷹原です、と思わず大胆に名告ってしまって、こちらから掛け直しますと言って切った。すごい! いきなりすごい! 跳び上がりたいくらいすごい!
鷹原くん。元気? わたしは絶好の環境で。幼稚園は妹、あの子はお兄ちゃん。一年生。父親似。高校の同級生が承知で結婚してくれて。いい人。
声でわかるよ。いい人だ、本当に。そうか。良かった。俺? 半年前まであのアパートにいた。○○、ごめん。でもよかった、本当に。
泣けてしょうがなかった。
鷹原くん。ごめんはなし。若さのせいだって実家も向こうも。連絡ありがと。クラス会、せっかくだけどもう遠い。みんなによろしく。あなたも、グッドラック!
庁舎のトイレで泣き止むことができなかった。