時をかけるおばあさんたち:昔の記憶の中で生きる
認知症、なかでもアルツハイマー型認知症では、まず、物忘れがひどいという特徴があります。
軽い物忘れは、中年以降の方であれば、身に覚えがあると思いますが、アルツハイマー型認知症が進行してくると、並みではない「ひどい物忘れ」が目立ってきます。
食事の内容を思い出せなくても単なる物忘れですが、食事をしたこと自体を忘れてしまうのが認知症である、とよく説明されています。
私たちの行っている訪問診療では、月に2回診察がありますが、長年診察していても私の顔を覚えてくれず、行くたびに「初めまして」と挨拶をする人がいます。
また、そばを通り掛けに「〇〇さん、お元気ですか?」と呼びかけると、「あれ、なんであたしの名前知ってんの?」と不思議がる人もいたりします。
このように新しく人の顔を覚えるのは苦手です。その代わり、昔の記憶に関してはとっても鮮明で、生き生きと語ってくれます。
グループホームは、認知症の人々をケアするために特化された施設です。特に軽度認知症の人たちが、家族的な雰囲気の中で、家事を手伝ったりしながら生活する施設です。あるグループホームに入居しているおばあさんは、東北の生まれ育ちで、「女学校にはスキーで通っていた」と診察のたびに教えてくれます。
この方は、丈夫な身体が自慢で、「あたしは病気をしたことがない、風邪もひいたことがない。一度風邪をひいて、『お母さん、大丈夫?』と優しくしてもらいたい」というのが口癖です。
ある日本当に風邪をひいて、ゲホゲホと咳をしながらも、本人の病識はゼロで、「あたしは病気をしたことがない」と言いながら施設内を歩き回り、結果的に風邪を広めることにってしまいました。
また、若いころにしていた仕事を、今も続けているかように思い出している人も多々見られます。農家だったおばあさんは、私に「朝から畑へ行ってきた」と報告してくれます。
ちなみに「畑に何かいましたか?」と尋ねてみると、「狸がいた」とのお返事。
また、長年お花の先生をしていた方は、診察時に優雅に脚を組んで座り、「生徒さんが待っていらっしゃるから」と今からおけいこの予定があるかのようです。
それぞれ、自分の人生の、いわばハイライトの時に浸っているようです。