高校一年の冬。永吉の父が死んだ。その日は、心の芯まで凍るような、底冷えする寒さであった。蓮は、誰かからその事を知らされた訳ではない。
しかし、必ず知る事になる理由があった。それは、通学途中に永吉の実家があったからだ。学校に向かう時にも、家に帰る時にも必ず、永吉の実家の前を否応でも通らなければならない。
それもあってか、蓮は高校時代に永吉を忘れた事は一度もないと、断言できた。その家を通る度に、永吉の事を思い出さずにはいられないからだ。
練習後の帰宅途中だった。蓮は、自転車でいつものように、その家の前を通り過ぎようとしていた。ふと見ると、そこにはいつもとは違う光景があった。
「え」
蓮は道路から目を細めて、家の玄関を見つめた。そこには、祖父の名前が書かれた提灯、白黒の幕が、家を囲うように飾り付けられているのが見えた。蓮は、祖父が亡くなったのだと、すぐに分かった。
きっと今、お父さんはあの玄関の中にいる。永吉への想いが掻き立てられた。
いつもなら、何事もなく家の前を通り過ぎるのだが、その日ばかりは自転車を止めて、しばらく家の様子を眺めていた。寒さに耐えかねて、手袋を付けた両手で口を覆いながら、白い息を吐いた。
行くべきだろうか。行っていいのだろうか。ふと有花の顔が浮かんだ。お母さんには知られないだろうか。蓮が自転車から降りて、一歩踏み出そうとしたその瞬間、玄関が開くのが見えた。
蓮は足を止めた。中から人が出てきた。それは蓮の記憶にはない男性だった。年齢は祖父と同じくらいだろうか。黒の礼装に同じ色のネクタイを締め、横には同じような格好をした女性もいた。
蓮は二人と目が合う前に、直ぐに自転車に乗って逃げるようにその場を立ち去った。心臓の鼓動は激しく鳴っていた。寒さと冷気で顔全体が硬直しそうになりながら、家に帰りついた。その日は疲れていたせいか、すぐに眠りについた。