第一章 心の傷
それまで、私は母が大好きだった。
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躾は厳しく怒られることも多々あったものの、母の言うことは全て正しいことと信じきっていた。母が暇そうにしているときは金魚の糞のようにいつもまとわりついていた。
一人っ子だったこともあり、母子の絆はとても強いものだったと思う。ただ、母はとても慎重な人で、いつも転ばぬ先の杖的な教育を旨としていた。
「私と二歳違いの兄がいたのだけれど、幼稚園に上がる前の年に食中毒で死んじゃったの。原因は縁日の屋台で食べたかき氷だったらしくて、私の母、つまりあなたのおばあちゃんは子育てに慎重になってしまった。だから大人になるまで、お祭りの縁日で売っているものは何一つ食べさせてもらえなかったわ」
この話は耳にタコができるくらい何度も聞かされたものだが、その慎重さが母に受け継がれたということなのだろう。夏祭りとか遊園地とかで、屋台の食べ物を買ってもらった記憶はない。